楽《らく》になる。四人《よつたり》がいろいろな話をしている。
「広本《ひろもと》へは新らしい玉《たま》が来たが知ってるか」
「うん、知ってる」
「まだ、買わねえか」
「買わねえ、お前《めえ》は」
「おれか。おれは――ハハハハ」
と笑った。これは這入《はい》って来た時、顔中ぼんやり見えた男である。今でもぼんやり見える。その証拠には、笑っても笑わなくっても、顔の輪廓《りんかく》がほとんど同じである。
「随分手廻しがいいな」
と初さんもいささか笑っている。
「シキ[#「シキ」に傍点]へ這入《へえ》ると、いつ死ぬか分らねえからな。だれだって、そうだろう」
と云う答があった。この時、
「御互に死なねえうちの事だなあ」
と一人《だれか》が云った。その語調には妙に咏嘆《えいたん》の意が寓《ぐう》してあった。自分はあまり突然のように感じた。
そうしているうちに、一間《いっけん》置いて隣りの男が突然自分に話しかけた。
「御前《おめえ》はどこから来た」
「東京です」
「ここへ来て儲《もう》けようたって駄目だぜ」
と他《ほか》のが、すぐ教えてくれた。自分は長蔵さんに逢うや否や儲かる儲かるを何遍となく聞かせられて驚いたが、飯場《はんば》へ着くが早いか、今度は反対に、儲からない儲からないで立てつづけに責められるんで、大いに辟易《へきえき》した。しかし地《じ》の底ではよもやそんな話も出まいと思ってここまで降りて来たが、人に逢えばまた儲からないを繰り返された。あんまり馬鹿馬鹿しいんで何とか答弁をしようかとも考えたが、滅多《めった》な事を云えば擲《は》りつけられるだけだから、まあやめにして置いた。さればと云って返事をしなければまたやりつけられる。そこで、こう云った。
「なぜ儲からないんです」
「この銅山《やま》には神様がいる。いくら金を蓄《た》めて出ようとしたって駄目だ。金は必ず戻ってくる」
「何の神様ですか」
と聞いて見たら、
「達磨《だるま》だ」
と云って、四人《よつたり》ながら面白そうに笑った。自分は黙っていた。すると四人は自分を措《お》いてしきりに達磨の話を始めた。約十分余りも続いたろう。その間自分はほかの事を考えていた。いろいろ考えたうちに一番感じたのは、自分がこんな泥だらけの服を着て、真暗な坑《あな》のなかに屈《しゃが》んでるところを、艶子《つやこ》さんと澄江《すみえ》さんに見せたら
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