が、何で区別するんだか要領を得ない。今までのところで察して見ると、儲《もう》かるときには君になって、不断の時には御前さんに復するようにも見える。何でも儲かる事がだいぶん気になっているらしい。
「十九です」
と答えた。実際その時は十九に違なかったのである。
「まだ若いんだね」
と口のゆがんだ神さんが、後向《うしろむき》になって盆を拭《ふ》きながら云った。後向きだから、どんな顔つきをしているか見えない。独《ひと》り言《ごと》だかどてら[#「どてら」に傍点]に話しかけてるんだか、それとも自分を相手にする気なんだか分らなかった。するとどてら[#「どてら」に傍点]は、さも調子づいた様子で、
「そうさ、十九じゃ若いもんだ。働き盛りだ」
と、どうしても働かなくっちゃならないような語気である。自分はだまって床几《しょうぎ》を離れた。
 正面に駄菓子《だがし》を載《の》せる台があって、縁《ふち》の毀《と》れた菓子箱の傍《そば》に、大きな皿がある。上に青い布巾《ふきん》がかかっている下から、丸い揚饅頭《あげまんじゅう》が食《は》み出している。自分はこの饅頭が喰いたくなったから、腰を浮かして菓子台の前まで来たのだが、傍《そば》へ来て、つらつら饅頭《まんじゅう》の皿を覗《のぞ》き込んで見ると、恐ろしい蠅だ。しかもそれが皿の前で自分が留まるや否《いな》や足音にパッと四方に散ったんで、おやと思いながら、気を落ちつけて少しく揚饅頭を物色していると、散らばった蠅は、もう大風が通り越したから大丈夫だよと申し合せたように、再びぱっと饅頭の上へ飛び着いて来た。黄色《きいろ》い油切った皮の上に、黒いぽちぽちが出鱈目《でたらめ》にできる。手を出そうかなと思う矢先へもって来て、急に黒い斑点《はんてん》が、晴夜《せいや》の星宿《せいしゅく》のごとく、縦横に行列するんだから、少し辟易《へきえき》してしまって、ぼんやり皿を見下《みおろ》していた。
「御饅頭を上がんなさるかね。まだ新しい。一昨日《おととい》揚げたばかりだから」
 かみさんは、いつの間《ま》にか盆を拭いてしまって、菓子台の向側《むこうがわ》に立っている。自分は不意と眼を上げて神さんを見た。すると神さんは何と思ったか、いきなり、節太《ふしぶと》の手を皿の上に翳《かざ》して、
「まあ、大変な蠅だ事」
と云いながら、翳した手を竪《たて》に切って、二三度左右へ
前へ 次へ
全167ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング