つた。
 赤松の間に二三段の紅を綴つた紅葉は昔しの夢の如く散つてつ―く―ば―ひに近く代る/″\[#「/″\」は底本では「/\」]花瓣をこぼした紅白の山茶花も殘りなく落ち盡した。三間半の南向の椽側に冬の日脚が傾いて木枯の吹かない日は殆んど稀になつてから吾輩の晝寢の時間も狹められた樣な氣がする。
 主人は毎日學校へ行く。歸ると書齋へ立て籠る。人が來ると、教師が厭だ/\といふ。水彩畫も滅多にかゝない。タカチヤスターゼも功能がないといつてやめて仕舞た。小供は感心に休まないで幼稚園へかよふ。歸ると唱歌を歌つて、毬をついて、時々吾輩を尻尾でぶら下げる。
 吾輩は御馳走も食はないから別段肥りもしないが、先々健康で跛にもならずに其日/\を暮して居る。鼠は决して取らない。おさんは未だに嫌ひである。名前はまだつけて呉れないが、欲をいつても際限がないから生涯此教師の家で無名の猫で終る積りだ。

[#本文中の「丸」は、「九」の中に「ヽ」の小さいものを打った字]
[#本文中の「減」の さんずい は、底本では にすい]
[#本文中の「熱」は、底本では「執に れっか」]
[#本文中の「焔」は、底本では 火偏に「稲」の旁]


底本:「新選 名著復刻全集 近代文学館 吾輩ハ猫デアル」財団法人 日本近代文学館
   1974(昭和49)年12月1日発行 第13刷
入力:柴田卓治、かなゐ
校正:かなゐ
ファイル作成:野口英司
1999年9月17日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

●表記について

本文中の/\は、二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) 本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。
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