江さんの学校へ行くの?」
「いいえ、ただ婦人会だから傍聴に来たの。本当にハイカラね。どうも驚ろいちまうわ」
「でも大変いい器量だって云うじゃありませんか」
「並ですわ。御自慢ほどじゃありませんよ。あんなに御化粧をすればたいていの人はよく見えるわ」
「それじゃ雪江さんなんぞはそのかたのように御化粧をすれば金田さんの倍くらい美しくなるでしょう」
「あらいやだ。よくってよ。知らないわ。だけど、あの方《かた》は全くつくり過ぎるのね。なんぼ御金があったって――」
「つくり過ぎても御金のある方がいいじゃありませんか」
「それもそうだけれども――あの方《かた》こそ、少し馬鹿竹になった方がいいでしょう。無暗《むやみ》に威張るんですもの。この間もなんとか云う詩人が新体詩集を捧げたって、みんなに吹聴《ふいちょう》しているんですもの」
「東風さんでしょう」
「あら、あの方が捧げたの、よっぽど物数奇《ものずき》ね」
「でも東風さんは大変真面目なんですよ。自分じゃ、あんな事をするのが当前《あたりまえ》だとまで思ってるんですもの」
「そんな人があるから、いけないんですよ。――それからまだ面白い事があるの。此間《こないだ》だれか、あの方の所《とこ》へ艶書《えんしょ》を送ったものがあるんだって」
「おや、いやらしい。誰なの、そんな事をしたのは」
「誰だかわからないんだって」
「名前はないの?」
「名前はちゃんと書いてあるんだけれども聞いた事もない人だって、そうしてそれが長い長い一間ばかりもある手紙でね。いろいろな妙な事がかいてあるんですとさ。私《わたし》があなたを恋《おも》っているのは、ちょうど宗教家が神にあこがれているようなものだの、あなたのためならば祭壇に供える小羊となって屠《ほふ》られるのが無上の名誉であるの、心臓の形《かた》ちが三角で、三角の中心にキューピッドの矢が立って、吹き矢なら大当りであるの……」
「そりゃ真面目なの?」
「真面目なんですとさ。現にわたしの御友達のうちでその手紙を見たものが三人あるんですもの」
「いやな人ね、そんなものを見せびらかして。あの方は寒月さんのとこへ御嫁に行くつもりなんだから、そんな事が世間へ知れちゃ困るでしょうにね」
「困るどころですか大得意よ。こんだ寒月さんが来たら、知らして上げたらいいでしょう。寒月さんはまるで御存じないんでしょう」
「どうですか、あの方は学校へ行って球《たま》ばかり磨いていらっしゃるから、大方知らないでしょう」
「寒月さんは本当にあの方を御貰《おもらい》になる気なんでしょうかね。御気の毒だわね」
「なぜ? 御金があって、いざって時に力になって、いいじゃありませんか」
「叔母さんは、じきに金、金って品《ひん》がわるいのね。金より愛の方が大事じゃありませんか。愛がなければ夫婦の関係は成立しやしないわ」
「そう、それじゃ雪江さんは、どんなところへ御嫁に行くの?」
「そんな事知るもんですか、別に何もないんですもの」
雪江さんと叔母さんは結婚事件について何か弁論を逞《たくま》しくしていると、さっきから、分らないなりに謹聴しているとん[#「とん」に傍点]子が突然口を開いて「わたしも御嫁に行きたいな」と云いだした。この無鉄砲な希望には、さすが青春の気に満ちて、大《おおい》に同情を寄すべき雪江さんもちょっと毒気を抜かれた体《てい》であったが、細君の方は比較的平気に構えて「どこへ行きたいの」と笑ながら聞いて見た。
「わたしねえ、本当はね、招魂社《しょうこんしゃ》へ御嫁に行きたいんだけれども、水道橋を渡るのがいやだから、どうしようかと思ってるの」
細君と雪江さんはこの名答を得て、あまりの事に問い返す勇気もなく、どっと笑い崩れた時に、次女のすん子が姉さんに向ってかような相談を持ちかけた。
「御ねえ様も招魂社がすき? わたしも大すき。いっしょに招魂社へ御嫁に行きましょう。ね? いや? いやなら好《い》いわ。わたし一人で車へ乗ってさっさと行っちまうわ」
「坊ばも行くの」とついには坊ばさんまでが招魂社へ嫁に行く事になった。かように三人が顔を揃《そろ》えて招魂社へ嫁に行けたら、主人もさぞ楽であろう。
ところへ車の音ががらがらと門前に留ったと思ったら、たちまち威勢のいい御帰りと云う声がした。主人は日本堤分署から戻ったと見える。車夫が差出す大きな風呂敷包を下女に受け取らして、主人は悠然《ゆうぜん》と茶の間へ這入《はい》って来る。「やあ、来たね」と雪江さんに挨拶しながら、例の有名なる長火鉢の傍《そば》へ、ぽかりと手に携《たずさ》えた徳利様《とっくりよう》のものを抛《ほう》り出した。徳利様と云うのは純然たる徳利では無論ない、と云って花活《はない》けとも思われない、ただ一種異様の陶器であるから、やむを得ずしばらくかように申したの
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