閧ヘこれだけで事足るのだが、その周囲附近には弥次馬《やじうま》兼援兵が雲霞《うんか》のごとく付き添うている。ポカーンと擂粉木が団子に中《あた》るや否やわー、ぱちぱちぱちと、わめく、手を拍《う》つ、やれやれと云う。中《あた》ったろうと云う。これでも利《き》かねえかと云う。恐れ入らねえかと云う。降参かと云う。これだけならまだしもであるが、敲《たた》き返された弾丸は三度に一度必ず臥竜窟邸内へころがり込む。これがころがり込まなければ攻撃の目的は達せられんのである。ダムダム弾は近来諸所で製造するが随分高価なものであるから、いかに戦争でもそう充分な供給を仰ぐ訳に行かん。大抵一隊の砲手に一つもしくは二つの割である。ポンと鳴る度にこの貴重な弾丸を消費する訳には行かん。そこで彼等はたま拾《ひろい》と称する一部隊を設けて落弾《おちだま》を拾ってくる。落ち場所がよければ拾うのに骨も折れないが、草原とか人の邸内へ飛び込むとそう容易《たやす》くは戻って来ない。だから平生ならなるべく労力を避けるため、拾い易《やす》い所へ打ち落すはずであるが、この際は反対に出る。目的が遊戯にあるのではない、戦争に存するのだから、わざとダムダム弾を主人の邸内に降らせる。邸内に降らせる以上は、邸内へ這入《はい》って拾わなければならん。邸内に這入るもっとも簡便な方法は四つ目垣を越えるにある。四つ目垣のうちで騒動すれば主人が怒《おこ》り出さなければならん。しからずんば兜《かぶと》を脱いで降参しなければならん。苦心のあまり頭がだんだん禿げて来なければならん。
今しも敵軍から打ち出した一弾は、照準《しょうじゅん》誤《あやま》たず、四つ目垣を通り越して桐《きり》の下葉を振い落して、第二の城壁|即《すなわ》ち竹垣に命中した。随分大きな音である。ニュートンの運動律第一に曰《いわ》くもし他の力を加うるにあらざれば、一度《ひとた》び動き出したる物体は均一の速度をもって直線に動くものとす。もしこの律のみによって物体の運動が支配せらるるならば主人の頭はこの時にイスキラスと運命を同じくしたであろう。幸《さいわい》にしてニュートンは第一則を定むると同時に第二則も製造してくれたので主人の頭は危うきうちに一命を取りとめた。運動の第二則に曰く運動の変化は、加えられたる力に比例す、しかしてその力の働く直線の方向において起るものとす。これは何の事だか少しくわかり兼ねるが、かのダムダム弾が竹垣を突き通して、障子《しょうじ》を裂き破って主人の頭を破壊しなかったところをもって見ると、ニュートンの御蔭《おかげ》に相違ない。しばらくすると案のごとく敵は邸内に乗り込んで来たものと覚しく、「ここか」「もっと左の方か」などと棒でもって笹《ささ》の葉を敲き廻わる音がする。すべて敵が主人の邸内へ乗り込んでダムダム弾を拾う場合には必ず特別な大きな声を出す。こっそり這入って、こっそり拾っては肝心《かんじん》の目的が達せられん。ダムダム弾は貴重かも知れないが、主人にからかうのはダムダム弾以上に大事である。この時のごときは遠くから弾の所在地は判然している。竹垣に中《あた》った音も知っている。中った場所も分っている、しかしてその落ちた地面も心得ている。だからおとなしくして拾えば、いくらでもおとなしく拾える。ライプニッツの定義によると空間は出来得べき同在現象の秩序である。いろはにほへと[#「いろはにほへと」に傍点]はいつでも同じ順にあらわれてくる。柳の下には必ず鰌《どじょう》がいる。蝙蝠《こうもり》に夕月はつきものである。垣根にボールは不似合かも知れぬ。しかし毎日毎日ボールを人の邸内に抛《ほう》り込む者の眼に映ずる空間はたしかにこの排列に慣《な》れている。一眼《ひとめ》見ればすぐ分る訳だ。それをかくのごとく騒ぎ立てるのは必竟《ひっきょう》ずるに主人に戦争を挑《いど》む策略である。
こうなってはいかに消極的なる主人といえども応戦しなければならん。さっき座敷のうちから倫理の講義をきいてにやにやしていた主人は奮然として立ち上がった。猛然として馳《か》け出した。驀然《ばくぜん》として敵の一人を生捕《いけど》った。主人にしては大出来である。大出来には相違ないが、見ると十四五の小供である。髯《ひげ》の生《は》えている主人の敵として少し不似合だ。けれども主人はこれで沢山だと思ったのだろう。詫《わ》び入るのを無理に引っ張って椽側《えんがわ》の前まで連れて来た。ここにちょっと敵の策略について一言《いちげん》する必要がある、敵は主人が昨日《きのう》の権幕《けんまく》を見てこの様子では今日も必ず自身で出馬するに相違ないと察した。その時万一逃げ損じて大僧《おおぞう》がつらまっては事面倒になる。ここは一年生か二年生くらいな小供を玉拾いにやって危険を避けるに越した事
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