の至境を咏《えい》じたものさ。今の人は親切をしても自然をかいている。英吉利《イギリス》のナイスなどと自慢する行為も存外自覚心が張り切れそうになっている。英国の天子が印度《インド》へ遊びに行って、印度の王族と食卓を共にした時に、その王族が天子の前とも心づかずに、つい自国の我流を出して馬鈴薯《じゃがいも》を手攫《てづか》みで皿へとって、あとから真赤《まっか》になって愧《は》じ入ったら、天子は知らん顔をしてやはり二本指で馬鈴薯を皿へとったそうだ……」
「それが英吉利趣味ですか」これは寒月君の質問であった。
「僕はこんな話を聞いた」と主人が後《あと》をつける。「やはり英国のある兵営で聯隊の士官が大勢して一人の下士官を御馳走した事がある。御馳走が済んで手を洗う水を硝子鉢《ガラスばち》へ入れて出したら、この下士官は宴会になれんと見えて、硝子鉢を口へあてて中の水をぐうと飲んでしまった。すると聯隊長が突然下士官の健康を祝すと云いながら、やはりフ※[#小書き片仮名ヒ、1−6−84]ンガー・ボールの水を一息に飲み干したそうだ。そこで並《な》みいる士官も我劣らじと水盃《みずさかずき》を挙げて下士官の健康を祝したと云うぜ」
「こんな噺《はなし》もあるよ」とだまってる事の嫌《きらい》な迷亭君が云った。「カーライルが始めて女皇《じょこう》に謁した時、宮廷の礼に嫻《なら》わぬ変物《へんぶつ》の事だから、先生突然どうですと云いながら、どさりと椅子へ腰をおろした。ところが女皇の後《うし》ろに立っていた大勢の侍従や官女がみんなくすくす笑い出した――出したのではない、出そうとしたのさ、すると女皇が後ろを向いて、ちょっと何か相図をしたら、多勢《おおぜい》の侍従官女がいつの間《ま》にかみんな椅子へ腰をかけて、カーライルは面目を失わなかったと云うんだが随分御念の入った親切もあったもんだ」
「カーライルの事なら、みんなが立ってても平気だったかも知れませんよ」と寒月君が短評を試みた。
「親切の方の自覚心はまあいいがね」と独仙君は進行する。「自覚心があるだけ親切をするにも骨が折れる訳になる。気の毒な事さ。文明が進むに従って殺伐の気がなくなる、個人と個人の交際がおだやかになるなどと普通云うが大間違いさ。こんなに自覚心が強くって、どうしておだやかになれるものか。なるほどちょっと見るとごくしずかで無事なようだが、御互の間
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