かへ行くのかい」
「まあ少し黙って聞いて下さい。そう一句毎に邪魔をされちゃ話が出来ない。……」
「おい諸君、だまるんだとさ。シーシー」
「しゃべるのは君だけだぜ」
「うん、そうか、これは失敬、謹聴謹聴」
「ヴァイオリンを小脇に抱《か》い込んで、草履《ぞうり》を突《つっ》かけたまま二三歩草の戸を出たが、まてしばし……」
「そらおいでなすった。何でも、どっかで停電するに違ないと思った」
「もう帰ったって甘干しの柿はないぜ」
「そう諸先生が御まぜ返しになってははなはだ遺憾《いかん》の至りだが、東風君一人を相手にするより致し方がない。――いいかね東風君、二三歩出たがまた引き返して、国を出るとき三円二十銭で買った赤毛布《あかげっと》を頭から被《かぶ》ってね、ふっとランプを消すと君|真暗闇《まっくらやみ》になって今度は草履《ぞうり》の所在地《ありか》が判然しなくなった」
「一体どこへ行くんだい」
「まあ聞いてたまい。ようやくの事草履を見つけて、表へ出ると星月夜に柿落葉、赤毛布にヴァイオリン。右へ右へと爪先上《つまさきあが》りに庚申山《こうしんやま》へ差しかかってくると、東嶺寺《とうれいじ》の鐘がボーンと毛布《けっと》を通して、耳を通して、頭の中へ響き渡った。何時《なんじ》だと思う、君」
「知らないね」
「九時だよ。これから秋の夜長をたった一人、山道八丁を大平《おおだいら》と云う所まで登るのだが、平生なら臆病な僕の事だから、恐しくってたまらないところだけれども、一心不乱となると不思議なもので、怖《こわ》いにも怖くないにも、毛頭そんな念はてんで心の中に起らないよ。ただヴァイオリンが弾きたいばかりで胸が一杯になってるんだから妙なものさ。この大平と云う所は庚申山の南側で天気のいい日に登って見ると赤松の間から城下が一目に見下《みおろ》せる眺望佳絶の平地で――そうさ広さはまあ百坪もあろうかね、真中に八畳敷ほどな一枚岩があって、北側は鵜《う》の沼《ぬま》と云う池つづきで、池のまわりは三抱えもあろうと云う樟《くすのき》ばかりだ。山のなかだから、人の住んでる所は樟脳《しょうのう》を採《と》る小屋が一軒あるばかり、池の近辺は昼でもあまり心持ちのいい場所じゃない。幸い工兵が演習のため道を切り開いてくれたから、登るのに骨は折れない。ようやく一枚岩の上へ来て、毛布《けっと》を敷いて、ともかくもその上へ坐
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