フくらいの事はあるかも知れんさ」
「どうも自信家だな。いくら云っても聞かないね」
「聞かないさ。君は口先ばかりで泥棒だ泥棒だと云ってるだけで、その泥棒がはいるところを見届けた訳じゃないんだから。ただそう思って独《ひと》りで強情を張ってるんだ」
 迷亭もここにおいてとうてい済度《さいど》すべからざる男と断念したものと見えて、例に似ず黙ってしまった。主人は久し振りで迷亭を凹《へこ》ましたと思って大得意である。迷亭から見ると主人の価値は強情を張っただけ下落したつもりであるが、主人から云うと強情を張っただけ迷亭よりえらくなったのである。世の中にはこんな頓珍漢《とんちんかん》な事はままある。強情さえ張り通せば勝った気でいるうちに、当人の人物としての相場は遥《はる》かに下落してしまう。不思議な事に頑固の本人は死ぬまで自分は面目《めんぼく》を施こしたつもりかなにかで、その時以後人が軽蔑《けいべつ》して相手にしてくれないのだとは夢にも悟り得ない。幸福なものである。こんな幸福を豚的幸福と名づけるのだそうだ。
「ともかくもあした行くつもりかい」
「行くとも、九時までに来いと云うから、八時から出て行く」
「学校はどうする」
「休むさ。学校なんか」と擲《たた》きつけるように云ったのは壮《さかん》なものだった。
「えらい勢《いきおい》だね。休んでもいいのかい」
「いいとも僕の学校は月給だから、差し引かれる気遣《きづかい》はない、大丈夫だ」と真直に白状してしまった。ずるい[#「ずるい」に傍点]事もずるい[#「ずるい」に傍点]が、単純なことも単純なものだ。
「君、行くのはいいが路を知ってるかい」
「知るものか。車に乗って行けば訳はないだろう」とぷんぷんしている。
「静岡の伯父に譲らざる東京通なるには恐れ入る」
「いくらでも恐れ入るがいい」
「ハハハ日本堤分署と云うのはね、君ただの所じゃないよ。吉原《よしわら》だよ」
「何だ?」
「吉原だよ」
「あの遊廓のある吉原か?」
「そうさ、吉原と云やあ、東京に一つしかないやね。どうだ、行って見る気かい」と迷亭君またからかいかける。
 主人は吉原と聞いて、そいつは[#「そいつは」に傍点]と少々|逡巡《しゅんじゅん》の体《てい》であったが、たちまち思い返して「吉原だろうが、遊廓だろうが、いったん行くと云った以上はきっと行く」と入らざるところに力味《りきん》で見
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