a柿を十二個ずつ食った。これは渋柿を食えば便秘する、便秘すれば逆上は必ず起るという理論から来たものだ。またある人はかん徳利を持って鉄砲風呂《てっぽうぶろ》へ飛び込んだ。湯の中で酒を飲んだら逆上するに極《きま》っていると考えたのである。その人の説によるとこれで成功しなければ葡萄酒《ぶどうしゅ》の湯をわかして這入《はい》れば一|返《ぺん》で功能があると信じ切っている。しかし金がないのでついに実行する事が出来なくて死んでしまったのは気の毒である。最後に古人の真似をしたらインスピレーションが起るだろうと思いついた者がある。これはある人の態度動作を真似ると心的状態もその人に似てくると云う学説を応用したのである。酔っぱらいのように管《くだ》を捲《ま》いていると、いつの間《ま》にか酒飲みのような心持になる、坐禅をして線香一本の間我慢しているとどことなく坊主らしい気分になれる。だから昔からインスピレーションを受けた有名の大家の所作《しょさ》を真似れば必ず逆上するに相違ない。聞くところによればユーゴーは快走船《ヨット》の上へ寝転《ねころ》んで文章の趣向を考えたそうだから、船へ乗って青空を見つめていれば必ず逆上|受合《うけあい》である。スチーヴンソンは腹這《はらばい》に寝て小説を書いたそうだから、打《う》つ伏《ぷ》しになって筆を持てばきっと血が逆《さ》かさに上《のぼ》ってくる。かようにいろいろな人がいろいろの事を考え出したが、まだ誰も成功しない。まず今日《こんにち》のところでは人為的逆上は不可能の事となっている。残念だが致し方がない。早晩随意にインスピレーションを起し得る時機の到来するは疑《うたがい》もない事で、吾輩は人文のためにこの時機の一日も早く来らん事を切望するのである。
 逆上の説明はこのくらいで充分だろうと思うから、これよりいよいよ事件に取りかかる。しかしすべての大事件の前には必ず小事件が起るものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古来から歴史家の常に陥《おちい》る弊竇《へいとう》である。主人の逆上も小事件に逢う度に一層の劇甚《げきじん》を加えて、ついに大事件を引き起したのであるからして、幾分かその発達を順序立てて述べないと主人がいかに逆上しているか分りにくい。分りにくいと主人の逆上は空名に帰して、世間からはよもやそれほどでもなかろうと見くびられるかも知れない。せっかく
前へ 次へ
全375ページ中227ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング