サれでもまだやめない。「もう一杯」と出す。細君はあまりの事に
「もう御よしになったら、いいでしょう。苦しいばかりですわ」と苦々《にがにが》しい顔をする。
「なに苦しくってもこれから少し稽古するんだ。大町桂月《おおまちけいげつ》が飲めと云った」
「桂月って何です」さすがの桂月も細君に逢っては一文《いちもん》の価値もない。
「桂月は現今一流の批評家だ。それが飲めと云うのだからいいに極《きま》っているさ」
「馬鹿をおっしゃい。桂月だって、梅月だって、苦しい思をして酒を飲めなんて、余計な事ですわ」
「酒ばかりじゃない。交際をして、道楽をして、旅行をしろといった」
「なおわるいじゃありませんか。そんな人が第一流の批評家なの。まああきれた。妻子のあるものに道楽をすすめるなんて……」
「道楽もいいさ。桂月が勧めなくっても金さえあればやるかも知れない」
「なくって仕合せだわ。今から道楽なんぞ始められちゃあ大変ですよ」
「大変だと云うならよしてやるから、その代りもう少し夫《おっと》を大事にして、そうして晩に、もっと御馳走を食わせろ」
「これが精一杯のところですよ」
「そうかしらん。それじゃ道楽は追って金が這入《はい》り次第やる事にして、今夜はこれでやめよう」と飯茶椀を出す。何でも茶漬を三ぜん食ったようだ。吾輩はその夜《よ》豚肉|三片《みきれ》と塩焼の頭を頂戴した。
八
垣巡《かきめぐ》りと云《い》う運動を説明した時に、主人の庭を結《ゆ》い繞《めぐ》らしてある竹垣の事をちょっと述べたつもりであるが、この竹垣の外がすぐ隣家、即ち南隣《みなみどなり》の次郎《じろ》ちゃんとこと思っては誤解である。家賃は安いがそこは苦沙弥《くしゃみ》先生である。与《よ》っちゃんや次郎ちゃんなどと号する、いわゆるちゃん付きの連中と、薄っ片《ぺら》な垣一重を隔てて御隣り同志の親密なる交際は結んでおらぬ。この垣の外は五六間の空地《あきち》であって、その尽くるところに檜《ひのき》が蓊然《こんもり》と五六本|併《なら》んでいる。椽側《えんがわ》から拝見すると、向うは茂った森で、ここに往む先生は野中の一軒家に、無名の猫を友にして日月《じつげつ》を送る江湖《こうこ》の処士《しょし》であるかのごとき感がある。但《ただ》し檜の枝は吹聴《ふいちょう》するごとく密生しておらんので、その間《あいだ》から群鶴館《
前へ
次へ
全375ページ中216ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング