ホんさん》を食っている。吾輩が椽側《えんがわ》から上がるのを見て、のんきな猫だなあ、今頃どこをあるいているんだろうと云った。膳の上を見ると、銭《ぜに》のない癖に二三品|御菜《おかず》をならべている。そのうちに肴《さかな》の焼いたのが一|疋《ぴき》ある。これは何と称する肴か知らんが、何でも昨日《きのう》あたり御台場《おだいば》近辺でやられたに相違ない。肴は丈夫なものだと説明しておいたが、いくら丈夫でもこう焼かれたり煮られたりしてはたまらん。多病にして残喘《ざんぜん》を保《たも》つ方がよほど結構だ。こう考えて膳の傍《そば》に坐って、隙《すき》があったら何か頂戴しようと、見るごとく見ざるごとく装《よそお》っていた。こんな装い方を知らないものはとうていうまい肴は食えないと諦《あきら》めなければいけない。主人は肴をちょっと突っついたが、うまくないと云う顔付をして箸《はし》を置いた。正面に控《ひか》えたる妻君はこれまた無言のまま箸の上下《じょうげ》に運動する様子、主人の両顎《りょうがく》の離合開闔《りごうかいこう》の具合を熱心に研究している。
「おい、その猫の頭をちょっと撲《ぶ》って見ろ」と主人は突然細君に請求した。
「撲てば、どうするんですか」
「どうしてもいいからちょっと撲って見ろ」
こうですかと細君は平手《ひらて》で吾輩の頭をちょっと敲《たた》く。痛くも何ともない。
「鳴かんじゃないか」
「ええ」
「もう一|返《ぺん》やって見ろ」
「何返やったって同じ事じゃありませんか」と細君また平手でぽかと参《まい》る。やはり何ともないから、じっとしていた。しかしその何のためたるやは智慮深き吾輩には頓《とん》と了解し難い。これが了解出来れば、どうかこうか方法もあろうがただ撲って見ろだから、撲つ細君も困るし、撲たれる吾輩も困る。主人は二度まで思い通りにならんので、少々|焦《じ》れ気味《ぎみ》で「おい、ちょっと鳴くようにぶって見ろ」と云った。
細君は面倒な顔付で「鳴かして何になさるんですか」と問いながら、またぴしゃりとおいでになった。こう先方の目的がわかれば訳はない、鳴いてさえやれば主人を満足させる事は出来るのだ。主人はかくのごとく愚物《ぐぶつ》だから厭《いや》になる。鳴かせるためなら、ためと早く云えば二返も三返も余計な手数《てすう》はしなくてもすむし、吾輩も一度で放免になる事を二度も
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