ホ面白い事ばかり……」と細君|相形《そうごう》を崩して笑っていると、格子戸《こうしど》のベルが相変らず着けた時と同じような音を出して鳴る。「おやまた御客様だ」と細君は茶の間へ引き下がる。細君と入れ違いに座敷へ這入《はい》って来たものは誰かと思ったらご存じの越智東風《おちとうふう》君であった。
ここへ東風君さえくれば、主人の家《うち》へ出入《でいり》する変人はことごとく網羅し尽《つく》したとまで行かずとも、少なくとも吾輩の無聊《ぶりょう》を慰むるに足るほどの頭数《あたまかず》は御揃《おそろい》になったと云わねばならぬ。これで不足を云っては勿体《もったい》ない。運悪るくほかの家へ飼われたが最後、生涯人間中にかかる先生方が一人でもあろうとさえ気が付かずに死んでしまうかも知れない。幸《さいわい》にして苦沙弥先生門下の猫児《びょうじ》となって朝夕《ちょうせき》虎皮《こひ》の前に侍《はん》べるので先生は無論の事迷亭、寒月|乃至《ないし》東風などと云う広い東京にさえあまり例のない一騎当千の豪傑連の挙止動作を寝ながら拝見するのは吾輩にとって千載一遇の光栄である。御蔭様でこの暑いのに毛袋でつつまれていると云う難儀も忘れて、面白く半日を消光する事が出来るのは感謝の至りである。どうせこれだけ集まれば只事《ただごと》ではすまない。何か持ち上がるだろうと襖《ふすま》の陰から謹《つつし》んで拝見する。
「どうもご無沙汰を致しました。しばらく」と御辞儀をする東風君の顔を見ると、先日のごとくやはり奇麗に光っている。頭だけで評すると何か緞帳役者《どんちょうやくしゃ》のようにも見えるが、白い小倉《こくら》の袴《はかま》のゴワゴワするのを御苦労にも鹿爪《しかつめ》らしく穿《は》いているところは榊原健吉《さかきばらけんきち》の内弟子としか思えない。従って東風君の身体で普通の人間らしいところは肩から腰までの間だけである。「いや暑いのに、よく御出掛だね。さあずっと、こっちへ通りたまえ」と迷亭先生は自分の家《うち》らしい挨拶をする。「先生には大分《だいぶ》久しく御目にかかりません」「そうさ、たしかこの春の朗読会ぎりだったね。朗読会と云えば近頃はやはり御盛《おさかん》かね。その後《ご》御宮《おみや》にゃなりませんか。あれは旨《うま》かったよ。僕は大《おおい》に拍手したぜ、君気が付いてたかい」「ええ御蔭で大きに勇
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