らごおり》筍谷《たけのこだに》を通って、蛸壺峠《たこつぼとうげ》へかかって、これからいよいよ会津領《あいづりょう》[#ルビの「あいづりょう」は底本では「あいずりょう」]へ出ようとするところだ」「妙なところだな」と主人がまた邪魔をする。「だまって聴いていらっしゃいよ。面白いから」と細君が制する。「ところが日は暮れる、路は分らず、腹は減る、仕方がないから峠の真中にある一軒屋を敲《たた》いて、これこれかようかようしかじかの次第だから、どうか留めてくれと云うと、御安い御用です、さあ御上がんなさいと裸蝋燭《はだかろうそく》を僕の顔に差しつけた娘の顔を見て僕はぶるぶると悸《ふる》えたがね。僕はその時から恋と云う曲者《くせもの》の魔力を切実に自覚したね」「おやいやだ。そんな山の中にも美しい人があるんでしょうか」「山だって海だって、奥さん、その娘を一目あなたに見せたいと思うくらいですよ、文金《ぶんきん》の高島田《たかしまだ》に髪を結《い》いましてね」「へえー」と細君はあっけに取られている。「這入《はい》って見ると八畳の真中に大きな囲炉裏《いろり》が切ってあって、その周《まわ》りに娘と娘の爺《じい》さんと婆《ばあ》さんと僕と四人坐ったんですがね。さぞ御腹《おなか》が御減《おへ》りでしょうと云いますから、何でも善いから早く食わせ給えと請求したんです。すると爺さんがせっかくの御客さまだから蛇飯《へびめし》でも炊《た》いて上げようと云うんです。さあこれからがいよいよ失恋に取り掛るところだからしっかりして聴きたまえ」「先生しっかりして聴く事は聴きますが、なんぼ越後の国だって冬、蛇がいやしますまい」「うん、そりゃ一応もっともな質問だよ。しかしこんな詩的な話しノなるとそう理窟《りくつ》にばかり拘泥《こうでい》してはいられないからね。鏡花の小説にゃ雪の中から蟹《かに》が出てくるじゃないか」と云ったら寒月君は「なるほど」と云ったきりまた謹聴の態度に復した。
「その時分の僕は随分|悪《あく》もの食いの隊長で、蝗《いなご》、なめくじ、赤蛙などは食い厭《あ》きていたくらいなところだから、蛇飯は乙《おつ》だ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。そこで爺さん囲炉裏の上へ鍋《なべ》をかけて、その中へ米を入れてぐずぐず煮出したものだね。不思議な事にはその鍋《なべ》の蓋《ふた》を見ると大小十個ばかりの穴があいて
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