るくがよかろう。愛嬌《あいきょう》があっていい。ねえ鈴木君」と云うと鈴木君はようやく話が金田事件を離れたのでほっと一息つきながら
「相変らず無邪気で愉快だ。十年振りで始めて君等に逢ったんで何だか窮屈な路次《ろじ》から広い野原へ出たような気持がする。どうも我々仲間の談話は少しも油断がならなくてね。何を云うにも気をおかなくちゃならんから心配で窮屈で実に苦しいよ。話は罪がないのがいいね。そして昔しの書生時代の友達と話すのが一番遠慮がなくっていい。ああ今日は図《はか》らず迷亭君に遇《あ》って愉快だった。僕はちと用事があるからこれで失敬する」と鈴木君が立ち懸《か》けると、迷亭も「僕もいこう、僕はこれから日本橋の演芸《えんげい》矯風会《きょうふうかい》に行かなくっちゃならんから、そこまでいっしょに行こう」「そりゃちょうどいい久し振りでいっしょに散歩しよう」と両君は手を携《たずさ》えて帰る。

        五

 二十四時間の出来事を洩《も》れなく書いて、洩れなく読むには少なくも二十四時間かかるだろう、いくら写生文を鼓吹《こすい》する吾輩でもこれは到底猫の企《くわだ》て及ぶべからざる芸当と自白せざるを得ない。従っていかに吾輩の主人が、二六時中精細なる描写に価する奇言奇行を弄《ろう》するにも関《かかわ》らず逐一これを読者に報知するの能力と根気のないのははなはだ遺憾《いかん》である。遺憾ではあるがやむを得ない。休養は猫といえども必要である。鈴木君と迷亭君の帰ったあとは木枯《こがら》しのはたと吹き息《や》んで、しんしんと降る雪の夜のごとく静かになった。主人は例のごとく書斎へ引き籠《こも》る。小供は六畳の間《ま》へ枕をならべて寝る。一間半の襖《ふすま》を隔てて南向の室《へや》には細君が数え年三つになる、めん子さんと添乳《そえぢ》して横になる。花曇りに暮れを急いだ日は疾《と》く落ちて、表を通る駒下駄の音さえ手に取るように茶の間へ響く。隣町《となりちょう》の下宿で明笛《みんてき》を吹くのが絶えたり続いたりして眠い耳底《じてい》に折々鈍い刺激を与える。外面《そと》は大方|朧《おぼろ》であろう。晩餐に半《はん》ぺんの煮汁《だし》で鮑貝《あわびがい》をからにした腹ではどうしても休養が必要である。
 ほのかに承《うけたま》われば世間には猫の恋とか称する俳諧《はいかい》趣味の現象があって、春さきは
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