過ぎんのである。活動紙幣の娘なら活動切手くらいなところだろう。翻《ひるがえ》って寒月君は如何《いかん》と見ればどうだ。辱《かたじ》けなくも学問最高の府を第一位に卒業して毫《ごう》も倦怠《けんたい》の念なく長州征伐時代の羽織の紐をぶら下げて、日夜|団栗《どんぐり》のスタビリチーを研究し、それでもなお満足する様子もなく、近々《きんきん》の中ロード・ケルヴィンを圧倒するほどな大論文を発表しようとしつつあるではないか。たまたま吾妻橋《あずまばし》を通り掛って身投げの芸を仕損じた事はあるが、これも熱誠なる青年に有りがちの発作的《ほっさてき》所為《しょい》で毫《ごう》も彼が智識の問屋《とんや》たるに煩《わずら》いを及ぼすほどの出来事ではない。迷亭一流の喩《たとえ》をもって寒月君を評すれば彼は活動図書館である。智識をもって捏《こ》ね上げスる二十八|珊《サンチ》の弾丸である。この弾丸が一たび時機を得て学界に爆発するなら、――もし爆発して見給え――爆発するだろう――」迷亭はここに至って迷亭一流と自称する形容詞が思うように出て来ないので俗に云う竜頭蛇尾《りゅうとうだび》の感に多少ひるんで見えたがたちまち「活動切手などは何千万枚あったって粉《こ》な微塵《みじん》になってしまうさ。それだから寒月には、あんな釣り合わない女性《にょしょう》は駄目だ。僕が不承知だ、百獣の中《うち》でもっとも聡明なる大象と、もっとも貪婪《たんらん》なる小豚と結婚するようなものだ。そうだろう苦沙弥君」と云って退《の》けると、主人はまた黙って菓子皿を叩き出す。鈴木君は少し凹《へこ》んだ気味で
「そんな事も無かろう」と術《じゅつ》なげに答える。さっきまで迷亭の悪口を随分ついた揚句ここで無暗《むやみ》な事を云うと、主人のような無法者はどんな事を素《す》っ破抜《ぱぬ》くか知れない。なるべくここは好《いい》加減に迷亭の鋭鋒をあしらって無事に切り抜けるのが上分別なのである。鈴木君は利口者である。いらざる抵抗は避けらるるだけ避けるのが当世で、無要の口論は封建時代の遺物と心得ている。人生の目的は口舌《こうぜつ》ではない実行にある。自己の思い通りに着々事件が進捗《しんちょく》すれば、それで人生の目的は達せられたのである。苦労と心配と争論とがなくて事件が進捗すれば人生の目的は極楽流《ごくらくりゅう》に達せられるのである。鈴木君は卒業後
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