》いんだわ」と云ったが、さすが少しは気になると見えて、右の手を頭に乗せて、くるくる禿を撫《な》でて見る。「おや大分《だいぶ》大きくなった事、こんなじゃ無いと思っていた」と言ったところをもって見ると、年に合わして禿があまり大き過ぎると云う事をようやく自覚したらしい。
「女は髷《まげ》に結《ゆ》うと、ここが釣れますから誰でも禿げるんですわ」と少しく弁護しだす。
「そんな速度で、みんな禿げたら、四十くらいになれば、から薬缶《やかん》ばかり出来なければならん。そりゃ病気に違いない。伝染するかも知れん、今のうち早く甘木さんに見て貰え」と主人はしきりに自分の頭を撫《な》で廻して見る。
「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻の孔《あな》へ白髪《しらが》が生《は》えてるじゃありませんか。禿が伝染するなら白髪だって伝染しますわ」と細君少々ぷりぷりする。
「鼻の中の白髪は見えんから害はないが、脳天が――ことに若い女の脳天がそんなに禿げちゃ見苦しい。不具《かたわ》だ」
「不具《かたわ》なら、なぜ御貰いになったのです。御自分が好きで貰っておいて不具だなんて……」
「知らなかったからさ。全く今日《きょう》まで知らなかったんだ。そんなに威張るなら、なぜ嫁に来る時頭を見せなかったんだ」
「馬鹿な事を! どこの国に頭の試験をして及第したら嫁にくるなんて、ものが在るもんですか」
「禿はまあ我慢もするが、御前は背《せ》いが人並|外《はず》れて低い。はなはだ見苦しくていかん」
「背いは見ればすぐ分るじゃありませんか、背《せい》の低いのは最初から承知で御貰いになったんじゃありませんか」
「それは承知さ、承知には相違ないがまだ延びるかと思ったから貰ったのさ」
「廿《はたち》にもなって背《せ》いが延びるなんて――あなたもよっぽど人を馬鹿になさるのね」と細君は袖《そで》なしを抛《ほう》り出して主人の方に捩《ね》じ向く。返答次第ではその分にはすまさんと云う権幕《けんまく》である。
「廿《はたち》になったって背いが延びてならんと云う法はあるまい。嫁に来てから滋養分でも食わしたら、少しは延びる見込みがあると思ったんだ」と真面目な顔をして妙な理窟《りくつ》を述べていると門口《かどぐち》のベルが勢《いきおい》よく鳴り立てて頼むと云う大きな声がする。いよいよ鈴木君がペンペン草を目的《めあて》に苦沙弥《くしゃみ》先生
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