《そろ》っている。植込が真中で開いて、二三の敷石に、池の方《かた》へ人を誘う曲り角まで来た時、突然新座敷で、雉子《きじ》の鳴くように、けたたましく笑う声がした。二人の足は申し合せたごとくぴたりと留まる。眼は一時に同じ方角へ走る。
 四尺の空地《くうち》を池の縁《ふち》まで細長く余して、真直《まっすぐ》に水に落つる池の向側《むこうがわ》に、横から伸《の》す浅葱桜《あさぎざくら》の長い枝を軒のあたりに翳《かざ》して小野さんと藤尾がこちらを向いて笑いながら椽鼻《えんばな》に立っている。
 不規則なる春の雑樹《ぞうき》を左右に、桜の枝を上に、温《ぬる》む水に根を抽《ぬきん》でて這《は》い上がる蓮《はす》の浮葉を下に、――二人の活人画は包まれて立つ。仕切る枠《わく》が自然の景物の粋《すい》をあつめて成るがために、――枠の形が趣きを損《そこ》なわぬほどに正しくて、また眼を乱さぬほどに不規則なるがために――飛石に、水に、椽《えん》に、間隔の適度なるがために――高きに失わず、低きに過ぎざる恰好《かっこう》の地位にあるために――最後に、一息の短かきに、吐く幻影《まぼろし》と、忽然《こつぜん》に現われたるために――二人の視線は水の向《むかい》の二人にあつまった。と共に、水の向の二人の視線も、水のこなたの二人に落ちた。見合す四人は、互に互を釘付《くぎづけ》にして立つ。際《きわ》どい瞬間である。はっと思う刹那《せつな》を一番早く飛び超《こ》えたものが勝になる。
 女はちらりと白足袋の片方を後《うしろ》へ引いた。代赭《たいしゃ》に染めた古代模様の鮮《あざや》かに春を寂《さ》びたる帯の間から、するすると蜿蜒《うね》るものを、引き千切《ちぎ》れとばかり鋭どく抜き出した。繊《ほそ》き蛇《だ》の膨《ふく》れたる頭《かしら》を掌《たなごころ》に握って、黄金《こがね》の色を細長く空に振れば、深紅《しんく》の光は発矢《はっし》と尾より迸《ほとば》しる。――次の瞬間には、小野さんの胸を左右に、燦爛《さんらん》たる金鎖が動かぬ稲妻《いなずま》のごとく懸《かか》っていた。
「ホホホホ一番あなたによく似合う事」
 藤尾の癇声《かんごえ》は鈍い水を敲《たた》いて、鋭どく二人の耳に跳《は》ね返って来た。
「藤……」と動き出そうとする宗近君の横腹を突かぬばかりに、甲野さんは前へ押した。宗近君の眼から活人画が消える。追いかぶさるように、後《うしろ》から乗《の》し懸《かか》って来た甲野さんの顔が、親しき友の耳のあたりまで着いたとき、
「黙って……」と小声に云いながら、煙《けむ》に巻かれた人を植込の影へ引いて行く。
 肩に手を掛けて押すように石段を上《あが》って、書斎に引き返した甲野さんは、無言のまま、扉に似たる仏蘭西窓《フランスまど》を左右からどたりと立て切った。上下《うえした》の栓釘《ボールト》を式《かた》のごとく鎖《さ》す。次に入口の戸に向う。かねて差し込んである鍵《かぎ》をかちゃりと回すと、錠《じょう》は苦もなく卸《お》りた。
「何をするんだ」
「部屋を立て切った。人が這入《はい》って来ないように」
「なぜ」
「なぜでも好い」
「全体どうしたんだ。大変顔色が悪い」
「なに大丈夫。まあ掛けたまえ」と最前の椅子を机に近く引きずって来る。宗近君は小供のごとく命令に服した。甲野さんは相手を落ちつけた後《のち》、静かに、用い慣《な》れた安楽椅子に腰を卸《おろ》す。体は机に向ったままである。
「宗近さん」と壁を向いて呼んだが、やがて首だけぐるりと回して、正面から、
「藤尾は駄目だよ」と云う。落ちついた調子のうちに、何となく温《ぬる》い暖味《あたたかみ》があった。すべての枝を緑に返す用意のために、寂《さ》びたる中を人知れず通う春の脈は、甲野さんの同情である。
「そうか」
 腕を組んだ宗近君はこれだけ答えた。あとから、
「糸公もそう云った」と沈んでつけた。
「君より、君の妹の方が眼がある。藤尾は駄目だ。飛び上りものだ」
 かちゃりと入口の円鈕《ノッブ》を捩《ねじ》ったものがある。戸は開《あ》かない。今度はとんとんと外から敲《たた》く。宗近君は振り向いた。甲野さんは眼さえ動かさない。
「うちやって置け」と冷やかに云う。
 入口の扉に口を着けたようにホホホホと高く笑ったものがある。足音は日本間の方へ馳《か》けながら遠退《とおの》いて行く。二人は顔を見合わした。
「藤尾だ」と甲野さんが云う。
「そうか」と宗近君がまた答えた。
 あとは静かになる。机の上の置時計がきちきちと鳴る。
「金時計も廃《よ》せ」
「うん。廃そう」
 甲野さんは首を壁に向けたまま、宗近君は腕を拱《こまぬ》いたまま、――時計はきちきちと鳴る。日本間の方で大勢が一度に笑った。
「宗近さん」と欽吾《きんご》はまた首を向け直した。「藤尾
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