明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐《あおぎり》の枝をおろしている。可なり大きく延びた奴を、惜気《おしげ》もなく股《また》の根から、ごしごし引いては、下へ落して行く内に、切口の白い所が目立つくらい夥《おびただ》しくなった。同時に空《むな》しい空が遠くから窓にあつまるように広く見え出した。豊三郎は机に頬杖《ほおづえ》を突いて、何気《なにげ》なく、梧桐《ごとう》の上を高く離れた秋晴を眺めていた。
 豊三郎が眼を梧桐から空へ移した時は、急に大きな心持がした。その大きな心持が、しばらくして落ちついて来るうちに、懐《なつ》かしい故郷《ふるさと》の記憶が、点を打ったように、その一角にあらわれた。点は遥《はる》かの向《むこう》にあるけれども、机の上に乗せたほど明らかに見えた。
 山の裾《すそ》に大きな藁葺《わらぶき》があって、村から二町ほど上《のぼ》ると、路は自分の門の前で尽きている。門を這入《はい》る馬がある。鞍《くら》の横に一叢《ひとむら》の菊を結《ゆわ》いつけて、鈴を鳴らして、白壁の中へ隠れてしまった。日は高く屋《や》の棟《むね》を照らしている。後《うしろ》の山を、こんもり隠す松の幹がことごとく光って見える。茸《たけ》の時節である。豊三郎は机の上で今|採《と》ったばかりの茸の香《か》を嗅《か》いだ。そうして、豊《とよ》、豊という母の声を聞いた。その声が非常に遠くにある。それで手に取るように明らかに聞える。――母は五年前に死んでしまった。
 豊三郎はふと驚いて、わが眼を動かした。すると先刻《さっき》見た梧桐《ごとう》の先がまた眸《ひとみ》に映った。延びようとする枝が、一所《ひとところ》で伐《き》り詰められているので、股《また》の根は、瘤《こぶ》で埋《うず》まって、見悪《みにく》いほど窮屈に力が入《い》っている。豊三郎はまた急に、机の前に押しつけられたような気がした。梧桐を隔《へだ》てて、垣根の外を見下《みおろ》すと、汚《きた》ない長屋が三四軒ある。綿の出た蒲団《ふとん》が遠慮なく秋の日に照りつけられている。傍《そば》に五十余りの婆さんが立って、梧桐の先を見ていた。
 ところどころ縞《しま》の消えかかった着物の上に、細帯を一筋巻いたなりで、乏《とも》しい髪を、大きな櫛《くし》のまわりに巻きつけて、茫然《ぼんやり》と、枝を透《す》かした梧桐の頂辺《てっぺん》を見たまま
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