洋卓《テーブル》の傍《そば》へ来て、先生の使った白墨を取って、塗板《ぬりばん》に書いてある記元節の記の字へ棒を引いて、その傍《わき》へ新しく紀と肉太《にくぶと》に書いた。ほかの小供は笑いもせずに驚いて見ていた。さきの小供が席へ帰ってしばらく立つと、先生も部屋へ帰って来た。そうして塗板に気がついた。
「誰か記を紀と直したようだが、記と書いても好いんですよ」と云ってまた一同を見廻した。一同は黙っていた。
記を紀と直したものは自分である。明治四十二年の今日《こんにち》でも、それを思い出すと下等な心持がしてならない。そうして、あれが爺むさい福田先生でなくって、みんなの怖《こわ》がっていた校長先生であればよかったと思わない事はない。
儲口《もうけぐち》
「あっちは栗《くり》の出る所でしてね。まあ相場がざっと両《りょう》に四升ぐらいのもんでしょうかね。それをこっちへ持って来ると、升《しょう》に一円五十銭もするんですよ。それでね、私がちょうど向うにいた時分でしたが、浜から千八百俵ばかり注文がありました。旨《うま》く行くと一升二円以上につくんですから、さっそくやりましたよ。千八百俵|拵《こしら》えて、私が自分で栗といっしょに浜まで持って行くと、――なに相手は支那人で、本国へ送り出すんでさあ。すると、支那人が出て来て、宜《よろ》しいと云うから、もう済んだのかと思うと、蔵の前へ高さ一間《いっけん》もあろうと云う大きな樽《たる》を持ち出して、水をその中へどんどん汲《く》み込ませるんです。――いえ何のためだか私にもいっこう分らなかったんで。何しろ大きな樽ですからね、水を張るんだって容易なこっちゃありません。かれこれ半日かかっちまいました。それから何をするかと思って見ていると、例の栗をね、俵《ひょう》をほどいて、どんどん樽の中へ放り込むんですよ。――私も実に驚いたが、支那人てえ奴《やつ》は本当に食えないもんだと後《あと》になって、ようやく気がついたんです。栗を水の中に打《ぶ》ち込むとね、たしかな奴は尋常に沈みますが、虫の食った奴だけはみんな浮いちまうんです。それを支那人の野郎|笊《ざる》でしゃくってね、ペケ[#「ペケ」に傍点]だって、俵《ひょう》の目方から引いてしまうんだからたまりません。私は傍《そば》で見ていてはらはらしました。何しろ七分通り虫が入《い》ってたんだから弱りま
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