ょうだつ》を引き受けた。その時|彼《か》れは風呂敷包の中から一幅の懸物《かけもの》を取り出して、これがせんだって御話をした崋山《かざん》の軸《じく》ですと云って、紙表装の半切《はんせつ》ものを展《の》べて見せた。旨《うま》いのか不味《まず》いのか判然《はっきり》とは解らなかった。印譜《いんぷ》をしらべて見ると、渡辺崋山にも横山華山にも似寄った落款《らっかん》がない。青年はこれを置いて行きますと云うから、それには及ばないと辞退したが、聞かずに預けて行った。翌日また金を取りに来た。それっきり音沙汰《おとさた》がない。約束の二週間が来ても影も形も見せなかった。自分は欺《だま》されたのかも知れないと思った。猿《さる》の軸は壁へ懸《か》けたまま秋になった。
袷《あわせ》を着て気の緊《し》まる時分に、長塚《ながつか》が例のごとく金を借《か》してくれと云って来た。自分はそうたびたび借すのが厭《いや》であった。ふと例の青年の事を思い出して、こう云う金があるが、もし、それを君が取りに行く気なら取りに行け、取れたら貸してやろうと云うと、長塚は頭を掻《か》いて、少し逡巡《しゅんじゅん》していたが、やがて思い切ったと見えて、行きましょうと答えた。それから、せんだっての金をこの者に渡してくれろという手紙を書いて、それに猿の懸物《かけもの》を添えて、長塚に持たせてやった。
長塚はあくる日また車でやって来た。来るや否や懐《ふところ》から手紙を出したから、受け取って見ると昨日《きのう》自分の書いたものである。まだ封が切らずにある。行かなかったのかと聞くと、長塚は額《ひたい》に八の字を寄せて、行ったんですけれども、とても駄目です、惨澹《さんたん》たるものです、汚《きた》ない所でしてね、妻君《さいくん》が刺繍《ぬい》をしていましてね、本人が病気でしてね、――金の事なんぞ云い出せる訳のものじゃないんだから、けっして御心配には及びませんと安心させて、掛物《かけもの》だけ帰して来ましたと云う。自分はへええ、そうかと少し驚ろいた。
翌《あく》る日《ひ》、青年から、どうも嘘言《うそ》を吐《つ》いてすまなかった、軸はたしかに受取ったと云う端書《はがき》が来た。自分はその端書を他の信書といっしょに重ねて、乱箱《みだればこ》の中に入れた。そうして、また青年の事を忘れるようになった。
そのうち冬が来た。例のごと
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