で温水摩擦《おんすいまさつ》を済まして、茶の間で紅茶を茶碗《ちゃわん》に移していると、二つになる男の子が例の通り泣き出した。この子は一昨日《おととい》も一日泣いていた。昨日も泣き続けに泣いた。妻《さい》にどうかしたのかと聞くと、どうもしたのじゃない、寒いからだと云う。仕方がない。なるほど泣き方がぐずぐずで痛くも苦しくもないようである。けれども泣くくらいだから、どこか不安な所があるのだろう。聞いていると、しまいにはこっちが不安になって来る。時によると小悪《こにく》らしくなる。大きな声で叱《しか》りつけたい事もあるが、何しろ、叱るにはあまり小さ過ぎると思って、つい我慢をする。一昨日も昨日もそうであったが、今日もまた一日そうなのかと思うと、朝から心持が好くない。胃が悪いのでこの頃は朝飯《あさめし》を食わぬ掟《おきて》にしてあるから、紅茶茶碗を持ったまま、書斎へ退《しりぞ》いた。
火鉢《ひばち》に手を翳して、少し暖《あっ》たまっていると、子供は向うの方でまだ泣いている。そのうち掌《てのひら》だけは煙《けむ》が出るほど熱くなった。けれども、背中から肩へかけてはむやみに寒い。ことに足の先は冷え切って痛いくらいである。だから仕方なしにじっとしていた。少しでも手を動かすと、手がどこか冷たい所に触れる。それが刺《とげ》にでも触《さわ》ったほど神経に応《こた》える。首をぐるりと回してさえ、頸《くび》の付根が着物の襟《えり》にひやりと滑《すべ》るのが堪《た》えがたい感じである。自分は寒さの圧迫を四方から受けて、十畳の書斎の真中に竦《すく》んでいた。この書斎は板の間である。椅子を用いべきところを、絨※[#「疉+毛」、第4水準2-78-16]《じゅうたん》を敷いて、普通の畳《たたみ》のごとくに想像して坐っている。ところが敷物が狭いので、四方とも二尺がたは、つるつるした板の間が剥《む》き出《だ》しに光っている。じっとしてこの板の間を眺めて、竦《すく》んでいると、男の子がまだ泣いている。とても仕事をする勇気が出ない。
ところへ妻《さい》がちょっと時計を拝借と這入《はい》って来て、また雪になりましたと云う。見ると、細《こま》かいのがいつの間にか、降り出した。風もない濁った空の途中から、静かに、急がずに、冷刻に、落ちて来る。
「おい、去年、子供の病気で、煖炉《ストーブ》を焚《た》いた時には炭代が
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