いから、学校から帰って、退屈になると、裏へ出て遊んでいる。裏は御母《おっか》さんや、御祖母《おばあ》さんが張物《はりもの》をする所である。よしが洗濯をする所である。暮になると向鉢巻《むこうはちまき》の男が臼《うす》を担《かつ》いで来て、餅《もち》を搗《つ》く所である。それから漬菜《つけな》に塩を振って樽《たる》へ詰込む所である。
 喜いちゃんはここへ出て、御母さんや御祖母さんや、よしを相手にして遊んでいる。時には相手のいないのに、たった一人で出てくる事がある。その時は浅い生垣《いけがき》の間から、よく裏の長屋を覗《のぞ》き込む。
 長屋は五六軒ある。生垣の下が三四尺|崖《がけ》になっているのだから、喜いちゃんが覗き込むと、ちょうど上から都合よく見下《みおろ》すようにできている。喜いちゃんは子供心に、こうして裏の長屋を見下すのが愉快なのである。造兵へ出る辰《たつ》さんが肌を抜いで酒を呑《の》んでいると、御酒を呑んでてよと御母さんに話す。大工の源坊《げんぼう》が手斧《ておの》を磨《と》いでいると、何か磨いでてよと御祖母さんに知らせる。そのほか喧嘩《けんか》をしててよ、焼芋《やきいも》を食べててよなどと、見下した通りを報告する。すると、よしが大きな声を出して笑う。御母さんも、御祖母さんも面白そうに笑う。喜いちゃんは、こうして笑って貰うのが一番得意なのである。
 喜いちゃんが裏を覗いていると、時々源坊の倅《せがれ》の与吉と顔を合わす事がある。そうして、三度に一度ぐらいは話をする。けれども喜いちゃんと与吉だから、話の合う訳がない。いつでも喧嘩《けんか》になってしまう。与吉がなんだ蒼《あお》ん膨《ぶく》れと下から云うと、喜いちゃんは上から、やあい鼻垂らし小僧、貧乏人、と軽侮《さげすむ》ように丸い顎《あご》をしゃくって見せる。一遍は与吉が怒って下から物干竿《ものほしざお》を突き出したので、喜いちゃんは驚いて家《うち》へ逃げ込んでしまった。その次には、喜いちゃんが、毛糸で奇麗《きれい》に縢《かが》った護謨毬《ゴムまり》を崖下《がけした》へ落したのを、与吉が拾ってなかなか渡さなかった。御返しよ、放《ほう》っておくれよ、よう、と精一杯にせっついたが与吉は毬を持ったまま、上を見て威張って突立《つった》っている。詫《あや》まれ、詫まったら返してやると云う。喜いちゃんは、誰が詫まるものか、泥
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