て冷《ひや》かした積《つもり》ぢやないんです」
「本当に? 夫《そり》や一寸《ちよいと》何《なん》てえ方《かた》なの」
「名前は云《い》ひ悪《にく》いんです」
「ぢや、貴方《あなた》が其旦那に忠告をして、奥さんをもつと可愛《かわい》がるやうにして御|上《あげ》になれば可《い》いのに」
代助は微笑した。
「姉《ねえ》さんも、さう思ひますか」
「当り前ですわ」
「もし其|夫《おつと》が僕の忠告を聞《き》かなかつたら、何《ど》うします」
「そりや、何《ど》うも仕様がないわ」
「放《ほう》つて置《お》くんですか」
「放《ほう》つて置《お》かなけりや、何《ど》うなさるの」
「ぢや、其細君は夫《おつと》に対《たい》して細君の道を守《まも》る義務があるでせうか」
「大変|理責《りぜ》めなのね。夫《そり》や旦那の不親切の度合《どあひ》にも因《よ》るでせう」
「もし、其細君に好《す》きな人があつたら何《ど》うです」
「知らないわ。馬鹿らしい。好《す》きな人がある位なら、始めつから其方《そつち》へ行《い》つたら好《い》いぢやありませんか」
代助は黙《だま》つて考へた。しばらくしてから、姉《ねえ》さんと云つた。梅子は其深い調子に驚ろかされて、改《あら》ためて代助の顔《かほ》を見た。代助は同じ調子で猶《なほ》云つた。
「僕《ぼく》は今度《こんど》の縁談《えんだん》を断《ことわ》らうと思《おも》ふ」
代助の巻烟草《まきたばこ》を持《も》つた手が少《すこ》し顫《ふる》へた。梅子は寧ろ表情を失《うしな》つた顔付《かほつき》をして、謝絶の言葉を聞いた。代助は相手の様子に頓着なく進行した。
「僕は今迄結婚問題に就いて、貴方《あなた》に何返となく迷惑を掛けた上《うへ》に、今度《こんど》も亦心配して貰《もら》つてゐる。僕《ぼく》ももう三十だから、貴方《あなた》の云ふ通り、大抵な所で、御勧め次第になつて好《い》いのですが、少し考があるから、この縁談もまあ已《や》めにしたい希望です。御父《おとう》さんにも、兄《にい》さんにも済《す》まないが、仕方《しかた》がない。何《なに》も当人が気に入らないと云ふ訳ではないが、断《ことわ》るんです。此間|御父《おとう》さんによく考へて見ろと云はれて、大分考へて見たが、矢っ張り断《ことわ》る方が好《い》い様だから断《ことわ》ります。実《じつ》は今日《けふ》は其用で御父《おとう》さんに逢《あ》ひに来《き》たんですが、今《いま》御客《おきやく》の様だから、序《ついで》と云つては失礼だが、貴方《あなた》にも御話《おはなし》をして置きます」
梅子は代助の様子が真面目なので、何時《いつ》もの如く無駄|口《くち》も入れずに聞いてゐたが、聞き終つた時、始めて自分の意見を述べた。それが極《きわ》めて簡単《かんたん》な且つ極《きわ》めて実際的な短かい句であつた。
「でも、御父《おとう》さんは屹度御困りですよ」
「御父《おとう》さんには僕が直《ぢか》に話すから構ひません」
「でも、話《はなし》がもう此所《こゝ》迄|進《すゝ》んでゐるんだから」
「話が何所《どこ》迄進んでゐやうと、僕はまだ貰《もら》ひますと云つた事はありません」
「けれども判然《はつきり》貰《もら》はないとも仰しやらなかつたでせう」
「それを今云ひに来《き》た所です」
代助と梅子は向《むか》ひ合《あ》つたなり、しばらく黙《だま》つた。
十四の四
代助の方では、もう云ふ可《べ》き事《こと》を云ひ尽《つ》くした様な気がした。少《すく》なくとも、是《これ》より進《すゝ》んで、梅子に自分を説明しやうといふ考は丸で無《な》かつた。梅子は語《かた》るべき事《こと》、聞《き》くべき事《こと》を沢山《たくさん》持《も》つてゐた。たゞ夫《それ》が咄嗟《とつさ》の間《あひだ》に、前《まへ》の問答《もんどう》に繋《つな》がり好《よ》く、口《くち》へ出《で》て来《こ》なかつたのである。
「貴方《あなた》の知《し》らない間《ま》に、縁談が何《ど》れ程|進《すゝ》んだのか、私《わたし》にも能《よ》く分《わか》らないけれど、誰《だれ》にしたつて、貴方《あなた》が、さう的確《きつぱり》御断《おことわ》りなさらうとは思ひ掛《が》けないんですもの」と梅子は漸《やうや》くにして云つた。
「何故《なぜ》です」と代助は冷《ひやゝ》かに落《お》ち付《つ》いて聞《き》いた。梅子は眉を動《うご》かした。
「何故《なぜ》ですつて聞《き》いたつて、理窟ぢやありませんよ」
「理窟でなくつても構《かま》はないから話《はな》して下《くだ》さい」
「貴方《あなた》の様にさう何遍|断《ことわ》つたつて、詰《つま》り同《おんな》じ事ぢやありませんか」と梅子は説明した。けれども、其意味がすぐ代助の頭《あたま》には響《ひゞ》か
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