て見て、其《その》あまりに、狡黠《ずる》くつて、不真面目《ふまじめ》で、大抵は虚偽《きよぎ》を含んでゐるのを知つてゐるから、遂に熱誠な勢力を以てそれを遂行する気になれなかつたのである。と、彼は断然信じてゐた。
此所《こゝ》で彼は一《いつ》のヂレンマに達した。彼は自分と三千代との関係を、直線的に自然の命ずる通り発展させるか、又は全然其反対に出て、何も知らぬ昔《むかし》に返るか。何方《どつち》かにしなければ生活の意義を失つたものと等《ひと》しいと考へた。其他のあらゆる中途半端《ちうとはんぱ》の方法は、偽《いつはり》に始《はじま》つて、偽《いつはり》に終《おは》るより外《ほか》に道はない。悉く社会的に安全であつて、悉く自己に対して無能無力である。と考へた。
彼《かれ》は三千代と自分の関係を、天意によつて、――彼はそれを天意としか考へ得られなかつた。――醗酵させる事の社会的危険を承知してゐた。天意には叶ふが、人の掟《おきて》に背く恋《こひ》は、其|恋《こひ》の主《ぬし》の死によつて、始めて社会から認《みと》められるのが常であつた。彼《かれ》は万一の悲劇を二人《ふたり》の間に描《ゑが》いて、覚えず慄然とした。
彼《かれ》は又反対に、三千代と永遠の隔離を想像して見た。其時は天意に従ふ代りに、自己の意志に殉する人《ひと》にならなければ済《す》まなかつた。彼《かれ》は其手段として、父《ちゝ》や嫂《あによめ》から勧められてゐた結婚に思ひ至つた。さうして、此結婚を肯《うけが》ふ事が、凡ての関係を新《あらた》にするものと考へた。
十四の一
自然の児にならうか、又意志の人《ひと》にならうかと代助は迷《まよ》つた。彼《かれ》は彼《かれ》の主義として、弾力性のない硬張《こわば》つた方針の下《もと》に、寒暑にさへすぐ反応を呈する自己を、器械の様に束縛《そくばく》するの愚を忌んだ。同時に彼《かれ》は、彼《かれ》の生活が、一大断案を受くべき危機に達《たつ》して居る事を切に自覚した。
彼《かれ》は結婚問題に就《つい》て、まあ能《よ》く考へて見ろと云はれて帰つたぎり、未《いま》だに、それを本気に考へる閑《ひま》を作《つく》らなかつた。帰つた時、まあ今日《けふ》も虎口《ここう》を逃《のが》れて難有《ありがた》かつたと感謝したぎり、放り出《だ》して仕舞つた。父《ちゝ》からはまだ何《なん》とも催促されないが、此二三日は又青山へ呼び出《だ》されさうな気がしてならなかつた。代助は固より呼《よ》び出《だ》される迄|何《なに》も考へずにゐる気であつた。呼《よ》び出されたら、父《ちゝ》の顔色《かほいろ》と相談の上、又何とか即席に返事を拵らえる心|組《ぐみ》であつた。代助はあながち父《ちゝ》を馬鹿にする了見ではなかつた。あらゆる返事は、斯《か》う云ふ具合に、相手と自分を商量して、臨機に湧いて来《く》るのが本当だと思つてゐた。
もし、三千代に対する自分の態度が、最後の一歩前迄押し詰《つ》められた様な気|持《もち》がなかつたなら、代助は父《ちゝ》に対して無論さう云ふ所置を取つたらう。けれども、代助は今相手の顔色《かほいろ》如何《いかん》に拘はらず、手に持つた賽《さい》を投《な》げなければならなかつた。上《うへ》になつた目《め》が、平岡に都合が悪《わる》からうと、父《ちゝ》の気に入らなからうと、賽を投《な》げる以上は、天の法則通りになるより外《ほか》に仕方《しかた》はなかつた。賽を手に持《も》つ以上は、又|賽《さい》が投げられ可《べ》く作《つく》られたる以上は、賽《さい》の目《め》を極《き》めるものは自分以外にあらう筈はなかつた。代助は、最後の権威は自己にあるものと、腹《はら》のうちで定《さだ》めた。父《ちゝ》も兄《あに》も嫂《あによめ》も平岡も、決断の地平線上には出《で》て来《こ》なかつた。
彼はたゞ彼《かれ》の運命に対してのみ卑怯であつた。此四五日は掌《てのひら》に載《の》せた賽《さい》を眺《なが》め暮《く》らした。今日《けふ》もまだ握《にぎ》つてゐた。早く運命が戸外《そと》から来《き》て、其|手《て》を軽く敲《はた》いて呉れれば好《い》いと思《おも》つた。が、一方《いつぽう》では、まだ握《にぎ》つてゐられると云ふ意識が大層|嬉《うれ》しかつた。
門野《かどの》は時々《とき/″\》書斎へ来《き》た。来《く》る度《たび》に代助は洋卓《デスク》の前に凝《じつ》としてゐた。
「些《ちつ》と散歩にでも御出《おいで》になつたら如何《いかゞ》です。左様《さう》御勉強ぢや身体《からだ》に悪《わる》いでせう」と云つた事が一二度あつた。成程|顔色《かほいろ》が好《よ》くなかつた。夏向《なつむき》になつたので、門野《かどの》が湯《ゆ》を毎日|沸《わ》かして呉れた。代助は
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