ら》べてあつた。門野《かどの》に聞《き》いたら、へえ左様《さう》です、先方《さつき》から待《ま》つて御出《おいで》ですといふ答《こたへ》であつた。代助はすぐ書斎へ来《き》て見《み》た。誠太郎は、代助の坐《すは》る大きな椅子《いす》に腰《こし》を掛《か》けて、洋卓《テーブル》の前《まへ》で、アラスカ探検《たんけん》記を読んでゐた。洋卓《テーブル》の上《うへ》には、蕎麦饅《そばまん》頭と茶|盆《ぼん》が一所に乗つてゐた。
「誠太郎、何だい、人《ひと》のゐない留守《るす》に来《き》て、御馳走だね」と云ふと、誠太郎は、笑ひながら、先づアラスカ探検記をポツケツトへ押し込んで、席《せき》を立《た》つた。
「其所《そこ》に居《ゐ》るなら、ゐても構《かま》はないよ」と云つても、聞《き》かなかつた。
 代助は誠太郎を捕《つら》まえて、例《いつも》の様に調戯《からか》ひ出《だ》した。誠太郎は此間《このあひだ》代助が歌舞伎|座《ざ》でした欠伸《あくび》の数《かず》を知つてゐた。さうして、
「叔父《おぢ》さんは何時《いつ》奥さんを貰《もら》ふの」と、又|先達《せんだつ》てと同じ様な質問を掛けた。
 此|日《ひ》誠太郎は、父《ちゝ》の使《つかひ》に来《き》たのであつた。其口上は、明日《あした》の十一時迄に一寸《ちよつと》来《き》て呉れと云ふのであつた。代助はさう/\父《ちゝ》や兄《あに》に呼び付《つ》けられるが面倒であつた。誠太郎に向つて、半分|怒《おこ》つた様に、
「何《なん》だい、苛《ひど》いぢやないか。用も云はないで、無暗《むやみ》に人《ひと》を呼びつけるなんて」と云つた。誠太郎は矢っ張りにや/\してゐた。代助はそれぎり話《はなし》を外《ほか》へそらして仕舞つた。新聞に出てゐる相撲の勝負が、二人《ふたり》の題目の重《おも》なるものであつた。
 晩食《ばんめし》を食《く》つて行《い》けと云ふのを学校の下調があると云つて辞退して誠太郎は帰つた。帰る前に、
「それぢや、叔父《おぢ》さん、明日《あした》は来《こ》ないんですか」と聞《き》いた。代助は已を得ず、
「うむ。何《ど》うだか分《わか》らない。叔父《おぢ》さんは旅行するかも知れないからつて、帰つてさう云つて呉れ」と云つた。
「何時《いつ》」と誠太郎が聞き返したとき、代助は今日《けふ》明日《あす》のうちと答へた。誠太郎はそれで納得して、玄関迄出て行《い》つたが、沓脱《くつぬぎ》へ下《お》りながら振り返つて、突然
「何処《どこ》へ入らつしやるの」と代助を見上《みあ》げた。代助は、
「何処《どこ》つて、まだ分《わか》るもんか。ぐる/\回《まは》るんだ」と云つたので、誠太郎は又にや/\しながら、格子を出た。

       十二の二

 代助は其夜《そのよ》すぐ立《た》たうと思つて、グラツドストーンの中《なか》を門野《かどの》に掃|除《じ》さして、携帯品を少《すこ》し詰《つ》め込《こ》んだ。門野《かどの》は少《すく》なからざる好奇心を以て、代助の革鞄《かばん》を眺《なが》めてゐたが、
「少《すこ》し手伝《てつだ》ひませうか」と突立つたまゝ聞いた。代助は、
「なに、訳《わけ》はない」と断わりながら、一旦|詰《つ》め込んだ香水の壜《びん》を取《と》り出《だ》して、封被《ふうひ》を剥《は》いで、栓《せん》を抜《ぬ》いて、鼻《はな》に当《あ》てゝ嗅《か》いで見た。門野は少《すこ》し愛想を尽《つか》した様な具合で、自分の部屋へ引き取つた。二三|分《ぷん》すると又|出《で》て来《き》て、
「先生、車《くるま》を左様《さう》云つときますかな」と注意した。代助はグラツドストーンを前へ置いて、顔《かほ》を上《あ》げた。
「左様《さう》、少し待《ま》つて呉れ給へ」
 庭《には》を見ると、生垣《いけがき》の要目《かなめ》の頂《いたゞき》に、まだ薄明《うすあか》るい日足《ひあし》がうろついてゐた。代助は外《そと》を覗《のぞ》きながら、是から三十分のうちに行く先《さき》を極《き》めやうと考へた。何でも都合のよささうな時|間《かん》に出《で》る汽車に乗つて、其汽車の持つて行く所へ降《お》りて、其所《そこ》で明日《あした》迄|暮《く》らして、暮《く》らしてゐるうちに、又新らしい運命が、自分を攫《さら》ひに来《く》るのを待つ積《つもり》であつた。旅費は無論充分でなかつた。代助の旅装に適した程の宿泊《とまり》を続《つゞ》けるとすれば、一週間も保《も》たない位であつた。けれども、さう云ふ点になると、代助は無頓着であつた。愈《いよ/\》となれば、家《うち》から金《かね》を取り寄《よ》せる気でゐた。それから、本来が四辺《しへん》の風気《ふうき》を換えるのを目的とする移動だから、贅沢の方面へは重きを置かない決心であつた。興に乗れば、荷持《にもち》を
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