とめ》見るや否《いな》や、あたかも硝子《ガラス》で作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立《ぼうだ》ちに立《た》ち竦《すく》みました。それが疾風《しっぷう》のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策《しま》ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄《ものすご》く照らしました。そうして私はがたがた顫《ふる》え出したのです。
それでも私はついに私を忘れる事ができませんでした。私はすぐ机の上に置いてある手紙に眼を着けました。それは予期通り私の名宛《なあて》になっていました。私は夢中で封を切りました。しかし中には私の予期したような事は何にも書いてありませんでした。私は私に取ってどんなに辛《つら》い文句がその中に書き列《つら》ねてあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さんやお嬢さんの眼に触れたら、どんなに軽蔑されるかも知れないという恐怖があったのです。私はちょっと眼を通しただけで、まず助かったと思いました。(固《もと》より世間体《せけんてい》の上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、私にとっては非常な重大事件に見えたのです。)
手紙の内容は簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。自分は薄志弱行《はくしじゃっこう》で到底|行先《ゆくさき》の望みがないから、自殺するというだけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、ごくあっさりとした文句でその後《あと》に付け加えてありました。世話ついでに死後の片付方《かたづけかた》も頼みたいという言葉もありました。奥さんに迷惑を掛けて済まんから宜《よろ》しく詫《わび》をしてくれという句もありました。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口《ひとくち》ずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKがわざと回避したのだという事に気が付きました。しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後に墨《すみ》の余りで書き添えたらしく見える、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の文句でした。
私は顫《ふる》える手で、手紙を巻き収めて、再び封の中へ入れました。私はわざとそれを皆《みん》なの眼に着くように、元の通り机の上に置きました。そうして振り返って、襖《ふすま》に迸《ほとばし》っている血潮を始めて見たのです。
四十九
「私は突然Kの頭を抱《かか》えるように両手で少し持ち上げました。私はKの死顔《しにがお》が一目《ひとめ》見たかったのです。しかし俯伏《うつぶ》しになっている彼の顔を、こうして下から覗《のぞ》き込んだ時、私はすぐその手を放してしまいました。慄《ぞっ》としたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられたのです。私は上から今|触《さわ》った冷たい耳と、平生《へいぜい》に変らない五分刈《ごぶがり》の濃い髪の毛を少時《しばらく》眺《なが》めていました。私は少しも泣く気にはなれませんでした。私はただ恐ろしかったのです。そうしてその恐ろしさは、眼の前の光景が官能を刺激《しげき》して起る単調な恐ろしさばかりではありません。私は忽然《こつぜん》と冷たくなったこの友達によって暗示された運命の恐ろしさを深く感じたのです。
私は何の分別《ふんべつ》もなくまた私の室《へや》に帰りました。そうして八畳の中をぐるぐる廻《まわ》り始めました。私の頭は無意味でも当分そうして動いていろと私に命令するのです。私はどうかしなければならないと思いました。同時にもうどうする事もできないのだと思いました。座敷の中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。檻《おり》の中へ入れられた熊《くま》のような態度で。
私は時々奥へ行って奥さんを起そうという気になります。けれども女にこの恐ろしい有様を見せては悪いという心持がすぐ私を遮《さえぎ》ります。奥さんはとにかく、お嬢さんを驚かす事は、とてもできないという強い意志が私を抑《おさ》えつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。
私はその間に自分の室の洋燈《ランプ》を点《つ》けました。それから時計を折々見ました。その時の時計ほど埒《らち》の明《あ》かない遅いものはありませんでした。私の起きた時間は、正確に分らないのですけれども、もう夜明《よあけ》に間《ま》もなかった事だけは明らかです。ぐるぐる廻《まわ》りながら、その夜明を待ち焦《こが》れた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。
我々は七時前に起きる習慣でした。学校は八時に始まる事が多いので、それでないと授業に間に合わないのです。下女《げじょ》はその関係で六時頃に起きる訳になっていました。しかしその日私が下女を起しに行ったのはまだ六時前でした。すると奥さんが今日は日曜だといって注意してくれました。奥さんは私の足音で眼を覚ましたのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私の室《へや》まで来てくれと頼みました。奥さんは寝巻の上へ不断着《ふだんぎ》の羽織を引《ひ》っ掛《か》けて、私の後《あと》に跟《つ》いて来ました。私は室へはいるや否《いな》や、今まで開《あ》いていた仕切りの襖《ふすま》をすぐ立て切りました。そうして奥さんに飛んだ事ができたと小声で告げました。奥さんは何だと聞きました。私は顋《あご》で隣の室を指すようにして、「驚いちゃいけません」といいました。奥さんは蒼《あお》い顔をしました。「奥さん、Kは自殺しました」と私がまたいいました。奥さんはそこに居竦《いすく》まったように、私の顔を見て黙っていました。その時私は突然奥さんの前へ手を突いて頭を下げました。「済みません。私が悪かったのです。あなたにもお嬢さんにも済まない事になりました」と詫《あや》まりました。私は奥さんと向い合うまで、そんな言葉を口にする気はまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に我とも知らずそういってしまったのです。Kに詫まる事のできない私は、こうして奥さんとお嬢さんに詫《わ》びなければいられなくなったのだと思って下さい。つまり私の自然が平生《へいぜい》の私を出し抜いてふらふらと懺悔《ざんげ》の口を開かしたのです。奥さんがそんな深い意味に、私の言葉を解釈しなかったのは私にとって幸いでした。蒼い顔をしながら、「不慮の出来事なら仕方がないじゃありませんか」と慰めるようにいってくれました。しかしその顔には驚きと怖《おそ》れとが、彫《ほ》り付けられたように、硬《かた》く筋肉を攫《つか》んでいました。
五十
「私は奥さんに気の毒でしたけれども、また立って今閉めたばかりの唐紙《からかみ》を開けました。その時Kの洋燈《ランプ》に油が尽きたと見えて、室《へや》の中はほとんど真暗《まっくら》でした。私は引き返して自分の洋燈を手に持ったまま、入口に立って奥さんを顧みました。奥さんは私の後ろから隠れるようにして、四畳の中を覗《のぞ》き込みました。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸を開けてくれと私にいいました。
それから後《あと》の奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人《びぼうじん》だけあって要領を得ていました。私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです。奥さんはそうした手続《てつづき》の済むまで、誰もKの部屋へは入《い》れませんでした。
Kは小さなナイフで頸動脈《けいどうみゃく》を切って一息《ひといき》に死んでしまったのです。外《ほか》に創《きず》らしいものは何にもありませんでした。私が夢のような薄暗い灯《ひ》で見た唐紙の血潮は、彼の頸筋《くびすじ》から一度に迸《ほとばし》ったものと知れました。私は日中《にっちゅう》の光で明らかにその迹《あと》を再び眺《なが》めました。そうして人間の血の勢《いきお》いというものの劇《はげ》しいのに驚きました。
奥さんと私はできるだけの手際《てぎわ》と工夫を用いて、Kの室《へや》を掃除しました。彼の血潮の大部分は、幸い彼の蒲団《ふとん》に吸収されてしまったので、畳はそれほど汚れないで済みましたから、後始末[#「後始末」は底本では「後始未」]はまだ楽でした。二人は彼の死骸《しがい》を私の室に入れて、不断の通り寝ている体《てい》に横にしました。私はそれから彼の実家へ電報を打ちに出たのです。
私が帰った時は、Kの枕元《まくらもと》にもう線香が立てられていました。室へはいるとすぐ仏臭《ほとけくさ》い烟《けむり》で鼻を撲《う》たれた私は、その烟の中に坐《すわ》っている女二人を認めました。私がお嬢さんの顔を見たのは、昨夜来《さくやらい》この時が始めてでした。お嬢さんは泣いていました。奥さんも眼を赤くしていました。事件が起ってからそれまで泣く事を忘れていた私は、その時ようやく悲しい気分に誘われる事ができたのです。私の胸はその悲しさのために、どのくらい寛《くつ》ろいだか知れません。苦痛と恐怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴《いってき》の潤《うるおい》を与えてくれたものは、その時の悲しさでした。
私は黙って二人の傍《そば》に坐っていました。奥さんは私にも線香を上げてやれといいます。私は線香を上げてまた黙って坐っていました。お嬢さんは私には何ともいいません。たまに奥さんと一口《ひとくち》|二口《ふたくち》言葉を換《か》わす事がありましたが、それは当座の用事についてのみでした。お嬢さんにはKの生前について語るほどの余裕がまだ出て来なかったのです。私はそれでも昨夜《ゆうべ》の物凄《ものすご》い有様を見せずに済んでまだよかったと心のうちで思いました。若い美しい人に恐ろしいものを見せると、折角《せっかく》の美しさが、そのために破壊されてしまいそうで私は怖《こわ》かったのです。私の恐ろしさが私の髪の毛の末端まで来た時ですら、私はその考えを度外に置いて行動する事はできませんでした。私には綺麗《きれい》な花を罪もないのに妄《みだ》りに鞭《むち》うつと同じような不快がそのうちに籠《こも》っていたのです。
国元からKの父と兄が出て来た時、私はKの遺骨をどこへ埋《う》めるかについて自分の意見を述べました。私は彼の生前に雑司ヶ谷《ぞうしがや》近辺をよくいっしょに散歩した事があります。Kにはそこが大変気に入っていたのです。それで私は笑談《じょうだん》半分《はんぶん》に、そんなに好きなら死んだらここへ埋めてやろうと約束した覚えがあるのです。私も今その約束通りKを雑司ヶ谷へ葬《ほうむ》ったところで、どのくらいの功徳《くどく》になるものかとは思いました。けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪《ひざまず》いて月々私の懺悔《ざんげ》を新たにしたかったのです。今まで構い付けなかったKを、私が万事世話をして来たという義理もあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いてくれました。
五十一
「Kの葬式の帰り路《みち》に、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私|宛《あて》で書き残した手紙を繰り返すだけで、外《ほか》に一口《ひとくち》も附け加える事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問いを掛けて、同じ答えを得たKの友人は、懐《ふところ》から一枚の新聞を出して私に見せました。私は歩きながらその友人によって指し示された箇所を読みました。それにはKが父兄から勘当された結果|厭世的《えんせいて
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