外《はず》れたようにも感じた。仕方がないから後《あと》はいわない事にした。すると先生がいきなり道の端《はじ》へ寄って行った。そうして綺麗《きれい》に刈り込んだ生垣《いけがき》の下で、裾《すそ》をまくって小便をした。私は先生が用を足す間ぼんやりそこに立っていた。
「やあ失敬」
 先生はこういってまた歩き出した。私はとうとう先生をやり込める事を断念した。私たちの通る道は段々|賑《にぎ》やかになった。今までちらほらと見えた広い畠《はたけ》の斜面や平地《ひらち》が、全く眼に入《い》らないように左右の家並《いえなみ》が揃《そろ》ってきた。それでも所々《ところどころ》宅地の隅などに、豌豆《えんどう》の蔓《つる》を竹にからませたり、金網《かなあみ》で鶏《にわとり》を囲い飼いにしたりするのが閑静に眺《なが》められた。市中から帰る駄馬《だば》が仕切りなく擦《す》れ違って行った。こんなものに始終気を奪《と》られがちな私は、さっきまで胸の中にあった問題をどこかへ振り落してしまった。先生が突然そこへ後戻《あともど》りをした時、私は実際それを忘れていた。
「私は先刻《さっき》そんなに昂奮したように見えたんですか
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