ったのに気が付いたと見えて、急にそこいらを探し始めた。私はすぐ腰掛《こしかけ》の下へ首と手を突ッ込んで眼鏡を拾い出した。先生は有難うといって、それを私の手から受け取った。
次の日私は先生の後《あと》につづいて海へ飛び込んだ。そうして先生といっしょの方角に泳いで行った。二|丁《ちょう》ほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼《あお》い海の表面に浮いているものは、その近所に私ら二人より外《ほか》になかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山とを照らしていた。私は自由と歓喜に充《み》ちた筋肉を動かして海の中で躍《おど》り狂った。先生はまたぱたりと手足の運動を已《や》めて仰向けになったまま浪《なみ》の上に寝た。私もその真似《まね》をした。青空の色がぎらぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。
しばらくして海の中で起き上がるように姿勢を改めた先生は、「もう帰りませんか」といって私を促した。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私はすぐ「ええ帰りましょう」と快く答えた。そ
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