は懇意になると、こんなところに極《きわ》めて淡泊《たんぱく》な小供《こども》らしい心を見せた。
 二人とも父の病気について、色々|掛念《けねん》の問いを繰り返してくれた中に、先生はこんな事をいった。
「なるほど容体《ようだい》を聞くと、今が今どうという事もないようですが、病気が病気だからよほど気をつけないといけません」
 先生は腎臓《じんぞう》の病《やまい》について私の知らない事を多く知っていた。
「自分で病気に罹《かか》っていながら、気が付かないで平気でいるのがあの病の特色です。私の知ったある士官《しかん》は、とうとうそれでやられたが、全く嘘《うそ》のような死に方をしたんですよ。何しろ傍《そば》に寝ていた細君《さいくん》が看病をする暇もなんにもないくらいなんですからね。夜中にちょっと苦しいといって、細君を起したぎり、翌《あく》る朝はもう死んでいたんです。しかも細君は夫が寝ているとばかり思ってたんだっていうんだから」
 今まで楽天的に傾いていた私は急に不安になった。
「私の父《おやじ》もそんなになるでしょうか。ならんともいえないですね」
「医者は何というのです」
「医者は到底《とても》
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