淋《さむ》しくって仕方がなくなった結果、急に所決《しょけつ》したのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄《ぞっ》としたのです。私もKの歩いた路《みち》を、Kと同じように辿《たど》っているのだという予覚《よかく》が、折々風のように私の胸を横過《よこぎ》り始めたからです。

     五十四

「その内|妻《さい》の母が病気になりました。医者に見せると到底《とうてい》癒《なお》らないという診断でした。私は力の及ぶかぎり懇切に看護をしてやりました。これは病人自身のためでもありますし、また愛する妻のためでもありましたが、もっと大きな意味からいうと、ついに人間のためでした。私はそれまでにも何かしたくって堪《たま》らなかったのだけれども、何もする事ができないのでやむをえず懐手《ふところで》をしていたに違いありません。世間と切り離された私が、始めて自分から手を出して、幾分でも善《い》い事をしたという自覚を得たのはこの時でした。私は罪滅《つみほろぼ》しとでも名づけなければならない、一種の気分に支配されていたのです。
 母は死にました。私と妻《さい》はたった二人ぎりになりました。妻は私に向って、
前へ 次へ
全371ページ中360ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング