られたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました。私は彼の眼遣《めづか》いを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、徐々《そろそろ》とまた歩き出しました。
四十二
「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗《あん》に待ち受けました。あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。その時の私はたといKを騙《だま》し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍《そば》へ来て、お前は卑怯《ひきょう》だと一言《ひとこと》私語《ささや》いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただKは私を窘《たしな》めるには余りに正直でした。余りに単純でした。余りに人格が善良だったのです。目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。
Kはしばらくして、私の名を呼んで私の方
前へ
次へ
全371ページ中318ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング