花が厭《いや》でなくなりました。同じ床に立て懸けてある琴も邪魔にならなくなりました。
 その花はまた規則正しく凋《しお》れる頃《ころ》になると活け更《か》えられるのです。琴も度々《たびたび》鍵《かぎ》の手に折れ曲がった筋違《すじかい》の室《へや》に運び去られるのです。私は自分の居間で机の上に頬杖《ほおづえ》を突きながら、その琴の音《ね》を聞いていました。私にはその琴が上手なのか下手なのかよく解《わか》らないのです。けれども余り込み入った手を弾《ひ》かないところを見ると、上手なのじゃなかろうと考えました。まあ活花の程度ぐらいなものだろうと思いました。花なら私にも好く分るのですが、お嬢さんは決して旨《うま》い方ではなかったのです。
 それでも臆面《おくめん》なく色々の花が私の床を飾ってくれました。もっとも活方《いけかた》はいつ見ても同じ事でした。それから花瓶《かへい》もついぞ変った例《ためし》がありませんでした。しかし片方の音楽になると花よりももっと変でした。ぽつんぽつん糸を鳴らすだけで、一向《いっこう》肉声を聞かせないのです。唄《うた》わないのではありませんが、まるで内所話《ないしょばな
前へ 次へ
全371ページ中212ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング