要もあったので、ただ賑《にぎ》やかな町の方へ歩いて行った。町はまだ宵の口であった。用事もなさそうな男女《なんにょ》がぞろぞろ動く中に、私は今日私といっしょに卒業したなにがしに会った。彼は私を無理やりにある酒場《バー》へ連れ込んだ。私はそこで麦酒《ビール》の泡のような彼の気※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]《きえん》を聞かされた。私の下宿へ帰ったのは十二時過ぎであった。

     三十六

 私《わたくし》はその翌日《よくじつ》も暑さを冒《おか》して、頼まれものを買い集めて歩いた。手紙で注文を受けた時は何でもないように考えていたのが、いざとなると大変|臆劫《おっくう》に感ぜられた。私は電車の中で汗を拭《ふ》きながら、他《ひと》の時間と手数に気の毒という観念をまるでもっていない田舎者《いなかもの》を憎らしく思った。
 私はこの一夏《ひとなつ》を無為に過ごす気はなかった。国へ帰ってからの日程というようなものをあらかじめ作っておいたので、それを履行《りこう》するに必要な書物も手に入れなければならなかった。私は半日を丸善《まるぜん》の二階で潰《つぶ》す覚悟でいた。私は自分に関係
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