はそれでも昨夜《ゆうべ》の物凄《ものすご》い有様を見せずに済んでまだよかったと心のうちで思いました。若い美しい人に恐ろしいものを見せると、折角《せっかく》の美しさが、そのために破壊されてしまいそうで私は怖《こわ》かったのです。私の恐ろしさが私の髪の毛の末端まで来た時ですら、私はその考えを度外に置いて行動する事はできませんでした。私には綺麗《きれい》な花を罪もないのに妄《みだ》りに鞭《むち》うつと同じような不快がそのうちに籠《こも》っていたのです。
国元からKの父と兄が出て来た時、私はKの遺骨をどこへ埋《う》めるかについて自分の意見を述べました。私は彼の生前に雑司ヶ谷《ぞうしがや》近辺をよくいっしょに散歩した事があります。Kにはそこが大変気に入っていたのです。それで私は笑談《じょうだん》半分《はんぶん》に、そんなに好きなら死んだらここへ埋めてやろうと約束した覚えがあるのです。私も今その約束通りKを雑司ヶ谷へ葬《ほうむ》ったところで、どのくらいの功徳《くどく》になるものかとは思いました。けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪《ひざまず》いて月々私の懺悔《ざんげ》を新たにしたかったのです。今まで構い付けなかったKを、私が万事世話をして来たという義理もあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いてくれました。
五十一
「Kの葬式の帰り路《みち》に、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私|宛《あて》で書き残した手紙を繰り返すだけで、外《ほか》に一口《ひとくち》も附け加える事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問いを掛けて、同じ答えを得たKの友人は、懐《ふところ》から一枚の新聞を出して私に見せました。私は歩きながらその友人によって指し示された箇所を読みました。それにはKが父兄から勘当された結果|厭世的《えんせいてき》な考えを起して自殺したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞を畳《たた》んで友人の手に帰しました。友人はこの外《ほか》にもKが気が狂って自殺したと書いた新聞があるといって教えてくれました。忙しいので、ほとんど新聞を読む暇がなかった私は、まるでそうした方面の知識を欠いていましたが、腹の中では始終気にかかっていたところでした。私は何よりも宅《うち》のものの迷惑になるような記事の出るのを恐れたのです。ことに名前だけにせよお嬢さんが引合いに出たら堪《たま》らないと思っていたのです。私はその友人に外《ほか》に何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の眼に着いたのは、ただその二種ぎりだと答えました。
私が今おる家へ引《ひ》っ越《こ》したのはそれから間もなくでした。奥さんもお嬢さんも前の所にいるのを厭《いや》がりますし、私もその夜《よ》の記憶を毎晩繰り返すのが苦痛だったので、相談の上移る事に極《き》めたのです。
移って二カ月ほどしてから私は無事に大学を卒業しました。卒業して半年も経《た》たないうちに、私はとうとうお嬢さんと結婚しました。外側から見れば、万事が予期通りに運んだのですから、目出度《めでたい》といわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福らしく見えました。私も幸福だったのです。けれども私の幸福には黒い影が随《つ》いていました。私はこの幸福が最後に私を悲しい運命に連れて行く導火線ではなかろうかと思いました。
結婚した時お嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻《さい》といいます。――妻が、何を思い出したのか、二人でKの墓参《はかまい》りをしようといい出しました。私は意味もなくただぎょっとしました。どうしてそんな事を急に思い立ったのかと聞きました。妻は二人|揃《そろ》ってお参りをしたら、Kがさぞ喜ぶだろうというのです。私は何事も知らない妻の顔をしけじけ眺《なが》めていましたが、妻からなぜそんな顔をするのかと問われて始めて気が付きました。
私は妻の望み通り二人連れ立って雑司ヶ谷《ぞうしがや》へ行きました。私は新しいKの墓へ水をかけて洗ってやりました。妻はその前へ線香と花を立てました。二人は頭を下げて、合掌しました。妻は定めて私といっしょになった顛末《てんまつ》を述べてKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で、ただ自分が悪かっ
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