は海のものとも山のものとも見分《みわ》けの付かないような返事ばかりするのです。しかもその返事は要領を得ないくせに、極めて簡単でした。彼は二人の女に関してよりも、専攻の学科の方に多くの注意を払っているように見えました。もっともそれは二学年目の試験が目の前に逼《せま》っている頃《ころ》でしたから、普通の人間の立場から見て、彼の方が学生らしい学生だったのでしょう。その上彼はシュエデンボルグがどうだとかこうだとかいって、無学な私を驚かせました。
 我々が首尾よく試験を済ましました時、二人とももう後《あと》一年だといって奥さんは喜んでくれました。そういう奥さんの唯一《ゆいいつ》の誇《ほこ》りとも見られるお嬢さんの卒業も、間もなく来る順になっていたのです。Kは私に向って、女というものは何にも知らないで学校を出るのだといいました。Kはお嬢さんが学問以外に稽古《けいこ》している縫針《ぬいはり》だの琴だの活花《いけばな》だのを、まるで眼中に置いていないようでした。私は彼の迂闊《うかつ》を笑ってやりました。そうして女の価値はそんな所にあるものでないという昔の議論をまた彼の前で繰り返しました。彼は別段|反駁《はんばく》もしませんでした。その代りなるほどという様子も見せませんでした。私にはそこが愉快でした。彼のふんといったような調子が、依然として女を軽蔑《けいべつ》しているように見えたからです。女の代表者として私の知っているお嬢さんを、物の数《かず》とも思っていないらしかったからです。今から回顧すると、私のKに対する嫉妬《しっと》は、その時にもう充分|萌《きざ》していたのです。
 私は夏休みにどこかへ行こうかとKに相談しました。Kは行きたくないような口振《くちぶり》を見せました。無論彼は自分の自由意志でどこへも行ける身体《からだ》ではありませんが、私が誘いさえすれば、またどこへ行っても差支《さしつか》えない身体だったのです。私はなぜ行きたくないのかと彼に尋ねてみました。彼は理由も何にもないというのです。宅《うち》で書物を読んだ方が自分の勝手だというのです。私が避暑地へ行って涼しい所で勉強した方が、身体のためだと主張すると、それなら私一人行ったらよかろうというのです。しかし私はK一人をここに残して行く気にはなれないのです。私はただでさえKと宅のものが段々親しくなって行くのを見ているのが、余り
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