も、東京へ着いてからは、すぐ同じ下宿に入りました。その時分は一つ室《へや》によく二人も三人も机を並べて寝起《ねお》きしたものです。Kと私も二人で同じ間《ま》にいました。山で生捕《いけど》られた動物が、檻《おり》の中で抱き合いながら、外を睨《にら》めるようなものでしたろう。二人は東京と東京の人を畏《おそ》れました。それでいて六畳の間《ま》の中では、天下を睥睨《へいげい》するような事をいっていたのです。
 しかし我々は真面目《まじめ》でした。我々は実際偉くなるつもりでいたのです。ことにKは強かったのです。寺に生れた彼は、常に精進《しょうじん》という言葉を使いました。そうして彼の行為動作は悉《ことごと》くこの精進の一語で形容されるように、私には見えたのです。私は心のうちで常にKを畏敬《いけい》していました。
 Kは中学にいた頃から、宗教とか哲学とかいうむずかしい問題で、私を困らせました。これは彼の父の感化なのか、または自分の生れた家、すなわち寺という一種特別な建物に属する空気の影響なのか、解《わか》りません。ともかくも彼は普通の坊さんよりは遥《はる》かに坊さんらしい性格をもっていたように見受けられます。元来Kの養家《ようか》では彼を医者にするつもりで東京へ出したのです。しかるに頑固な彼は医者にはならない決心をもって、東京へ出て来たのです。私は彼に向って、それでは養父母を欺《あざむ》くと同じ事ではないかと詰《なじ》りました。大胆な彼はそうだと答えるのです。道のためなら、そのくらいの事をしても構わないというのです。その時彼の用いた道という言葉は、おそらく彼にもよく解っていなかったでしょう。私は無論解ったとはいえません。しかし年の若い私たちには、この漠然《ばくぜん》とした言葉が尊《たっ》とく響いたのです。よし解らないにしても気高《けだか》い心持に支配されて、そちらの方へ動いて行こうとする意気組《いきぐみ》に卑《いや》しいところの見えるはずはありません。私はKの説に賛成しました。私の同意がKにとってどのくらい有力であったか、それは私も知りません。一図《いちず》な彼は、たとい私がいくら反対しようとも、やはり自分の思い通りを貫いたに違いなかろうとは察せられます。しかし万一の場合、賛成の声援を与えた私に、多少の責任ができてくるぐらいの事は、子供ながら私はよく承知していたつもりです。よし
前へ 次へ
全186ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング