々道具屋が懸物《かけもの》だの、香炉《こうろ》だのを持って、わざわざ父に見せに来ました。父は一口《ひとくち》にいうと、まあマン・オフ・ミーンズとでも評したら好《い》いのでしょう。比較的上品な嗜好《しこう》をもった田舎紳士だったのです。だから気性《きしょう》からいうと、闊達《かったつ》な叔父とはよほどの懸隔《けんかく》がありました。それでいて二人はまた妙に仲が好かったのです。父はよく叔父を評して、自分よりも遥《はる》かに働きのある頼もしい人のようにいっていました。自分のように、親から財産を譲られたものは、どうしても固有の材幹《さいかん》が鈍《にぶ》る、つまり世の中と闘う必要がないからいけないのだともいっていました。この言葉は母も聞きました。私も聞きました。父はむしろ私の心得になるつもりで、それをいったらしく思われます。「お前もよく覚えているが好《い》い」と父はその時わざわざ私の顔を見たのです。だから私はまだそれを忘れずにいます。このくらい私の父から信用されたり、褒《ほ》められたりしていた叔父を、私がどうして疑う事ができるでしょう。私にはただでさえ誇りになるべき叔父でした。父や母が亡くなって、万事その人の世話にならなければならない私には、もう単なる誇りではなかったのです。私の存在に必要な人間になっていたのです。
五
「私が夏休みを利用して始めて国へ帰った時、両親の死に断えた私の住居《すまい》には、新しい主人として、叔父夫婦が入れ代って住んでいました。これは私が東京へ出る前からの約束でした。たった一人取り残された私が家にいない以上、そうでもするより外《ほか》に仕方がなかったのです。
叔父はその頃《ころ》市にある色々な会社に関係していたようです。業務の都合からいえば、今までの居宅《きょたく》に寝起《ねお》きする方が、二|里《り》も隔《へだた》った私の家に移るより遥かに便利だといって笑いました。これは私の父母が亡くなった後《あと》、どう邸《やしき》を始末して、私が東京へ出るかという相談の時、叔父の口を洩《も》れた言葉であります。私の家は旧《ふる》い歴史をもっているので、少しはその界隈《かいわい》で人に知られていました。あなたの郷里でも同じ事だろうと思いますが、田舎では由緒《ゆいしょ》のある家を、相続人があるのに壊《こわ》したり売ったりするのは大事件です。今の私
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