いえ》の出入りも多くなった。近所にいる親類などは、二日に一人ぐらいの割で代る代る見舞に来た。中には比較的遠くにいて平生《へいぜい》疎遠なものもあった。「どうかと思ったら、この様子じゃ大丈夫だ。話も自由だし、だいち顔がちっとも瘠《や》せていないじゃないか」などといって帰るものがあった。私の帰った当時はひっそりし過ぎるほど静かであった家庭が、こんな事で段々ざわざわし始めた。
 その中に動かずにいる父の病気は、ただ面白くない方へ移って行くばかりであった。私は母や伯父《おじ》と相談して、とうとう兄と妹《いもと》に電報を打った。兄からはすぐ行くという返事が来た。妹の夫からも立つという報知《しらせ》があった。妹はこの前|懐妊《かいにん》した時に流産したので、今度こそは癖にならないように大事を取らせるつもりだと、かねていい越したその夫は、妹の代りに自分で出て来るかも知れなかった。

     十一

 こうした落ち付きのない間にも、私《わたくし》はまだ静かに坐《すわ》る余裕をもっていた。偶《たま》には書物を開けて十|頁《ページ》もつづけざまに読む時間さえ出て来た。一旦《いったん》堅く括《くく》られた私の行李《こうり》は、いつの間にか解かれてしまった。私は要《い》るに任せて、その中から色々なものを取り出した。私は東京を立つ時、心のうちで極《き》めた、この夏中の日課を顧みた。私のやった事はこの日課の三《さん》が一《いち》にも足らなかった。私は今までもこういう不愉快を何度となく重ねて来た。しかしこの夏ほど思った通り仕事の運ばない例《ためし》も少なかった。これが人の世の常だろうと思いながらも私は厭《いや》な気持に抑《おさ》え付けられた。
 私はこの不快の裏《うち》に坐りながら、一方に父の病気を考えた。父の死んだ後《あと》の事を想像した。そうしてそれと同時に、先生の事を一方に思い浮べた。私はこの不快な心持の両端に地位、教育、性格の全然異なった二人の面影を眺《なが》めた。
 私が父の枕元《まくらもと》を離れて、独り取り乱した書物の中に腕組みをしているところへ母が顔を出した。
「少し午眠《ひるね》でもおしよ。お前もさぞ草臥《くたび》れるだろう」
 母は私の気分を了解していなかった。私も母からそれを予期するほどの子供でもなかった。私は単簡《たんかん》に礼を述べた。母はまだ室《へや》の入口に立って
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