野かといはれるほどであつて、善光寺はまことにうれしい寺院である、お開帳がすんだばかりで、まだその名残がある、八百屋お七物語の吉三郎建立と伝へる濡仏がある、大勧進大本願の建物は、両者の勢力争を示さないでもない、山門も本堂もがつちりとして荘麗といふ外はない(何と鳩、いや燕の多いことよ)、それにしても参道の両側の土産物店の並んでゐること、そしてその品々の月並なこと。
帰途紅葉城君の御馳走でやぶ[#「やぶ」に傍点]といふ蕎麦中心の料理屋へ寄つた、座敷も庭園も蕎麦も料理も悪くなかつた、私にはよすぎるよさだつた、紅君とは別れて北君と二人で入浴して帰宅して安眠した。

 五月廿九日[#「五月廿九日」に二重傍線] 曇。

逢ふは別れのはじめ、名残の酒杯をかはして、衣更して、いろ/\御世話になりました、どうぞ御大事に。……
長野駅はそれにふさはしい仏閣式建物[#「仏閣式建物」に傍点]である、こゝまで北光君と紅葉城君とが見送つて下さつた、そして切符やら煙草やら何やらかやら頂戴した、八時の汽車で柏原へ。――
車中で遠足の小学生が私に少年の夢を味はせてくれた、山のみどりのうつくしさ、まつたく日本晴の日本国だ、九時すぎてさびしい山駅柏原に着いた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
□触処生涯[#「触処生涯」に傍点]、これが私の境地でなければならない。
□省みて恥づかしくはないか、私はあまりに我がまゝ気まゝではないか、ゼイタクではないか、プチブル的ではないか。……(五月廿九日所感)
[#ここで字下げ終わり]
活花のお師匠さん――といつてもまだ若い――北光君は語る――
盛花からだん/\投入になつてゆくから面白いですよ。
○白樺は他の植物とは違つて、表皮を剥がれても痛痒を感じない――生育上支障を来さない――むしろそれを喜んでゐるやうに見えるといふ、営林署でも皮を剥ぐことそのことは構はないけれど、観賞上美観を妨げないやうに路傍の白樺だけは皮を剥がないやうにといつてゐるさうである(薪材として役立つより外なかつた白樺が趣味的に色々使用され初めたことはうれしいことの一つ)。
○その土地でその土地の人々にその土地の山の名とか河の名とかを訊ねて、知らない、知りませんと答へられると腹が立つ、これは学校の先生がよろしくない。
○銀汀君から聞いた米若[#「米若」に傍点]の話。
[#ここから1字下げ]
彼は
前へ 次へ
全40ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング