つた。
風雨の中を中棚鉱泉宿に落ちつく、安くして貰つて一泊二飯一円。
あまり待遇はよくないけれど、幾度でも熱い湯にはいれるのがうれしい。
終日ごろ/″\して暮らした、終夜ぐうぐう寝た。
五月二十日[#「五月二十日」に二重傍線] 晴。
八時出立、戻橋を渡つて、千曲川に沿うて、川辺村を歩く。
初めて松蝉を聞いた、初夏気分だ。
谿谷のながめがよろしい、浅間山のすがたも悪くない(浅間山の形容は小諸からはよくない、岩村田からがよい)。
途中人蔘栽培の畠がちらほら見える、人蔘は日光を忌み雨を嫌ひ、一度育つた土では十余年も育てることが出来ないさうな、贅沢な植物ではある。
八ツヶ岳にはまだ雪が光つてゐる。
八幡まで二里、左折して千曲川を渡る、中津といふ田舎町があつた。
○また風が吹きだした、彼がどんなに孤独な旅人を悩ますかは、彼でなくては解るまい。
二里近くで岩村田町、相生の松とよばれる中仙道徃還の名木があつた、赤松黒松の雌雄両木が絡み合ひ結びついてゐる。
書き忘れたが、途中、中佐都といふ部落に蕉翁句碑があつた。
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刈かけし田面の鶴や里の秋
[#ここで字下げ終わり]
岩村田町に着いた時はもう三時、もりそばを味はひ銘酒を味つた。
信濃は一茶がうたつてるやうに、蕎麦の名物を誇つてゐるが、とりわけ、戸隠蕎麦(いはゆる更科蕎麦)浅間蕎麦(浅間山麓一帯の田舎蕎麦)がうまいさうである、私も幸にして浅間蕎麦は再三御馳走になつたことである。
また/\父子草居[#「父子草居」に傍点]――これは私の命名――の食客となつた。
夜は最後の一夜といふので、みんないつしよにしみ/″\と語つた、一期一会の人生ではあるが、縁あらばまた逢へるであらう。
うつくしい夕焼が旅情を切にしたことも書き落してはならない。
物みな可かれと祈る。
五月廿一日[#「五月廿一日」に二重傍線] 快晴。
いよ/\出立だ、朝早くから郭公がしきりに啼く。
八時、岩村田の街はづれまで江畔老が見送つて下さる、ありがたう。
さよなら、さよなら、ほんたうに関口一家は親切な温和な方々ばかりであつた、羨ましい家庭であつた。
御代田駅まで歩く、一里半、沓掛まで汽車、それから歩けるだけ歩いた。
長倉山の頂上、見晴台の見晴らしはすばらしかつた、山また山である、浅間は近く明るく、白馬は遠く白く眺めて来たが、こゝでは高い山低い山
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