時をちよつとまはつたところだ、そこらを散歩する。
蛙は愛嬌者だが、蟹もなか/\の愛嬌者だ。
大崎の郵便局まで出かける、玉祖神社に参拝。
神域の清らかさ、朝酒臭いのが恥づかしい。
一時の汽車で帰省、味噌と浴衣と小遣とを貰つて、どの駅にも帰宅する遺骨を迎へる人々、また暗涙をそゝられる。
夕方散歩、W店に寄る、K老人が飲んでゐる、いつしよに飲みかはすうちにたうとう寝入り込んでしまつた。
飲仲間[#「飲仲間」に傍点]! 私の仲間、K老人もその一員である。
七月十三日[#「七月十三日」に二重傍線] 雨。
朝飯を御馳走になつて、跣足で戻つた。
昨日の今日[#「昨日の今日」に傍点]で、身心が何となく重苦しい、罰だ、罰は甘んじて受けなければならない。
物資統制、価額[#「額」に「マヽ」の注記]公定、等々で戦時色が日にまし濃厚になる、私もまた日にまし生活の窮迫に苦しむ、だが、物心総動員[#「物心総動員」に傍点]の秋だ、誰でもが頑張らなければならない。
窓にちかく竹の子が枝を葉をひろげる。
どこからともなく、いつからともなく鼠がやつて来て、いたづらをする、鼠よ、食べる物のあるところへ行きなさい!
ポストまで出かけて、いろ/\買物をする、米、麦、石油、豆腐。……
自動車に轢かれて、小犬が断末魔の悲鳴をあげてゐる、見るにたへない、聞くにたへなかつた。
夏水仙を持つてかへつて活ける、楚々として純白な美しさ。
生れて初めて糠味噌[#「糠味噌」に傍点]をこしらへる、少々塩が利きすぎたが、うまく出来た、さつそく茄子を漬ける。
今日は楽しい日だつた、今日は今日の幸福[#「今日の幸福」に傍点]を味はつた、有難い一日であつた。
夕、敬君来庵、間もまく[#「間もまく」はママ]、酒と肴とを持つて暮羊君来庵、三人でつゝましくたのしく飲んだ。
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私はよく物を貰ふ、人がよく物を下さる。
私は何でもありがたく頂戴する。
私は物貰ひ[#「物貰ひ」に傍点]に出来てゐる人間だらうか。
恩に狎れてはいけない。
人情に甘えてはならない。
[#ここで字下げ終わり]
七月十四日[#「七月十四日」に二重傍線] 晴、曇。
早起、花を剪る、車百合は床の壺に、夾竹桃は仏前に。
身辺整理。――
Sから貰つた味噌を食べる、何だか涙ぐましくなつた。
いろ/\のたよりを受取る、いろ/\のたよりを発送する。
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