には、面白い事も多い。
二時間ばかり経って、妻子が帰って来た。子供が、陳列してある玩具を片端から買ってくれといって困ったという。まだ困った顔をしている。――滑稽な悲劇である。
夕方、駅から着荷の通知があった。在金一切掻き集めて、受取に行こうとしているところへ、折悪く納税貯金組合から集金に来た。詮方なしに駅行を止める。今日も亦、貧乏の切なさを味わせられた。――もうだいぶ慣れて、さほど痛切ではないけれど。――
厳密に論ずれば、貧乏は或る一つの罪悪であるかも知れない。しかし現在の社会制度に於ては――少くとも現在の私の境遇にあっては、それは耻ずべきことでもなければ誇るべきことでもない、不幸でもなければ幸福でもない、否、寧ろ幸福であるといえよう。私は「貧乏」によって、肉体的にさえも二つの幸福を与えられた。一つは禁酒であり、他の一つは飯を甘く食べること[#「飯を甘く食べること」に傍点]である。そして私は貧乏であることによって益々人間的になり得るらしく信じている。若し貧乏に哲学が在るとすれば、それは「微笑の哲学」でなければならない!
夜は早く妻に店番を譲って寝床へ這い込む。いつもの癖で、いろいろの幻影がちらつく。私の前には一筋の白い路がある、果てしなく続く一筋の白い路が、……(大正五年十一月廿七日の生活記録より)
[#地付き](「層雲」大正六年一月号)
底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年7月10日第1刷発行
2007(平成19)年2月5日第9刷発行
初出:「層雲 大正六年一月号」
1917(大正6)年1月
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年5月19日作成
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