、あさましい痴情風景を見せつけられた。
夜は同宿の植木屋老人に誘はれて諸芸大会見物、二十銭の馬鹿笑である。
咳が出て困る、感冒がこぢれてどうやら喘息らしくなる、睡れないのは苦しいが、苦しくてもこらへる外ない。
一月四日[#「一月四日」に二重傍線] 曇。
早朝、入浴して、そして二三杯ひつかける。
身心何となく不調、焼酎のたゝりらしい、慎むべきは火酒を呷ることだ、省みて、自分の不節制に驚く。
午後、無事帰庵。
やつぱり自分の寝床がどこよりもよろしい!
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朝湯極楽 朝酒浄土
醒めりや地極[#「極」に「マヽ」の注記]の鬼が来る
個人を不幸にするもの、私を意味なく苦悩せしめるものは――
暴飲
借金
今年の私はこの二つの悪徳から脱却しなければならない。
年をとつて、貧乏すると、食意地[#「食意地」に傍点]だけになる、我ながらあさましいけれど疑へない事実だ。
[#ここで字下げ終わり]
一月五日[#「一月五日」に二重傍線] 時雨。
めづらしく朝寝した、肉身をいたはつて臥床。
喘息らしい、それもよからう、からだが病めば[#「からだが病めば」に傍点]、こゝろがおちつく自信[#「こゝろがおちつく自信」に傍点]を私は持つてゐる。
一月六日[#「一月六日」に二重傍線] 雪しぐれ。
今にも雪が降りだしさうな、――降りだした。
寒の入、寒らしい寒さだ(一昨冬の旅をおもひだす)。
昨日も今日も独坐無言。――
一月七日[#「一月七日」に二重傍線] 曇。
雪、雪、寒い、寒い、身も心も冷える。……
――人を憎み物を惜しむ執着から抜けきらない自分をあはれむ。――
終日不動、沈黙を守る、落ちついてゐることの幸福感。
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煩悩即本能、本性発揚[#「本性発揚」に傍点]
統制、自律的に、社会国家的に
生活、生活の展開
人間、人間の価値、人生の意義
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一月八日[#「一月八日」に二重傍線] 雪時雨。
みそつちよも寒さうにそこらをかさこそ。
煙草がなくなつた、炭もなくならうとしてゐる、石油も乏しくなつた、米も残り少ない、醤油も塩も。……
樹明君からの来書は私の胸を抉るやうに響く、あゝすまない/\。
私は肉体的には勿論、精神的にも死の方へ歩いてゐる、生の執着は死の誘惑ほど強くない。
文字通り、門外不出だつた。
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