ふ。
蠅を打つにも、全心全力で打てば、めつたに打ちそこなうことはない。
みん/\蝉が鳴きだした、まだ短かくて下手だが私の好きな声だ。
寝苦しい。……
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┌くよ/\せずに事を運べ。
└けち/\せずに物を尊べ。
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 七月七日[#「七月七日」に二重傍線] 曇――晴。

七夕祭、山口は賑ふだらう、湯田へ行きたいがバス代なし。
正法眼蔵拝読。
I家の人から馬鈴薯を貰ふ、私は薯類をあまり好かないけれど、それを下さる人情をありがたく頂戴する。
ハダカになりだした、世の中ハダカでよいわいな。
午後、油買ひに、いつものおぢいさんおばあさんの店で、焼酎一杯ひつかける、十二銭天国[#「十二銭天国」に傍点]だ。
まことにこれやこの酒仏飯仏そして水仏[#「酒仏飯仏そして水仏」に傍点]。
夜は芭蕉俳句鑑賞。
芭蕉はやつぱり偉大な詩人であつたと痛感する。
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泥落し[#「泥落し」に白三角傍点]
 農村年中行事の一つとして
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 七月八日[#「七月八日」に二重傍線] 晴、時々驟雨。

夏の朝のよろしさ、みん/\蝉のよろしさ。
身辺整理、掃除したり洗濯したり。
昼も夜も漫読する。
午後、夕立らしく降る、雷鳴はげしく、二句おとしていつた。
街の風呂にはいつて欝魂を洗ふ。
暑い、暑い。
夕御飯はシヨウユウライス!
ほんに、ほんに、ぐつすりと寝た、近頃めづらしい熟睡だつた。
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○魂の詩
○印象を離れないで印象を超えたるものの表現――暗示――象徴
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 七月九日[#「七月九日」に二重傍線] 曇、雨をり/\。

澄み徹る寂しさ[#「澄み徹る寂しさ」に傍点]。――
其中一人、まつたく無言。

 七月十日[#「七月十日」に二重傍線] 曇、微雨。

鼠がやつてきたらしい、庵主自身食べるものは此頃は塩だけしか残つてゐないのに。……
塩を味ふ[#「塩を味ふ」に傍点]、飯そのものの味[#「飯そのものの味」に傍点]。
落ちついて読書。
北支那の形勢不穏、私は人知れず憂慮する。
桔梗がいちはやく一輪咲いた。
めづらしく裏山からホトトギスの声。
午後、ポストへ、ついでに入浴、ぢつとこらへてゐたがこらへきれなくなり、M店へまはつてちよいと一杯!
夜、Nさん来訪、くらがりで閑談しばらく。

 七
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