のサイレンが鳴つてから、樹明君来庵、久しぶりである(二週間近く逢はなかつた)、飲む、食べる、しやべる、それから散歩、そして例によつて例の如し!
畜舎に泊つた(蝮の暗示があつたので)、アルコール臭くて困つたとIさんが笑ひながら言つた(朝のこと)。
[#ここから1字下げ]
虫の宿。
小鳥の遊び場。
[#ここで字下げ終わり]
九月五日[#「九月五日」に二重傍線] 晴。
さうらうとしてかへる。……
樹明君よ、お互につつしみませう!
ぼう/\ばく/\として今日一日は閉居した。
残暑がなか/\きびしい、朝から裸だつた、はだか、はだか、はだかなるかなである。
鈴虫が数日前から前栽でチンチロリン、チンチロリン、まだまづいな。
どこからか鼠がやつてきて、そこらをかぢる、がり/\、がり/\、彼はかぢることそのこと[#「かぢることそのこと」に傍点]がおもしろいらしい。
[#ここから1字下げ]
白い花(第五句集)
私が求めつつある花は青い花でなく赤い花でもなくて白い花である。
私が見出してゐる花は灰色の花である。
[#ここで字下げ終わり]
九月六日[#「九月六日」に二重傍線] 秋晴らしく。
夜明けの虫声はしみじみとしたものだ。
もう茶の木が蕾を持つてゐる。
壺の薊の花――狂ひ咲――が開く。
しんねりむつつりの今日だつた、さびしいな。
夕の散歩、やつぱりさびしい。
蚊がめつきり減つた、それだけ風が冷やかになつた。
寝苦しかつた、月は風情ある夜であつたが。
[#ここから1字下げ]
私は無用人、不用人だ、いはゞ社会の疣[#「社会の疣」に白丸傍点]でもあらう、冀くは毒にも薬にもならない、痛くも痒くもない存在でありたいものだ。
疣であれ[#「疣であれ」に傍点]、瘤になつてはいけない[#「瘤になつてはいけない」に傍点]。
[#ここで字下げ終わり]
九月七日[#「九月七日」に二重傍線] 晴、まつたく秋だ。
草刈爺さんがけさもまた来てくれた、憾むらくは彼にはデリカシーがない、青紫蘇も蓮芋も何もかも刈つてしまつた、いつぞや萩の早咲を刈つてしまつたやうに。
洗濯もする、すこしわびしいな。
日記整理。
樹明君から来信、彼は腹を立てない[#「腹を立てない」に傍点]人だ、時々近親からは腹を立てられる人だが(酔ふとだらしがないので)。
Nさんを訪ねる、土手の砂塵は嫌だつたが、青田風はよかつた、それから――それから――気持よく飲んで歩いて、とろ/\ほろ/\になつた。
I屋に泊る、動けなくなつたのだ!
[#ここから1字下げ]
△酔線
微酔線、泥酔線。
[#ここで字下げ終わり]
九月八日[#「九月八日」に二重傍線] 日本晴。
早朝帰庵、やれ/\。
閑居――読書――回顧――微苦笑。
秋空一碧、身はさわやかだが心はぼんやり。
何とかいふ小鳥がとても悲痛な声で啼く、私の代辯[#「私の代辯」に傍点]ででもあるやうに。
つく/″\思ふ、私の寝床はよい寝床[#「私の寝床はよい寝床」に傍点]!
九月九日[#「九月九日」に二重傍線] 晴――曇。
すなほにつつましく。――
ほどよく[#「ほどよく」に傍点]飲む、ほどよく酔ふ――ほどよく生きる――それが出来ない不幸。
たよりいろ/\、ありがたい/\。
さつそく米と酒[#「米と酒」に傍点]を仕入れるべく出かける、どちらへ行かうか、山口へ行かう(平民の独り者はノンキである、キラクである、ワガママである。シアワセである)、上郷から一時の列車に乗る、山口駅前の十銭食堂で飲んで食べて四十銭、いろ/\買物をする、三円あまり買つたら持ちきれないほどある、湯田へまはつて一浴、バスで足元のあかるいうちにめでたく帰庵。
だいぶ日が短かくなつた、私にも夜も昼も長いのだが。
めつきり蚊が少くなつた、虫の声が鋭くなつた、秋らしい秋になつてくる。
不眠、読んだり考へたりしてゐるうちにたうとう夜が明けた、老境を感じた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
△忘れた句[#「忘れた句」に傍点]は逃げた魚のやうに感じる、その実その句はくだらない句なのだ、その魚がつまらない魚であるやうに。
△憑かれたもの[#「憑かれたもの」に傍点]! 私もその一人らしい、酒に憑かれてゐる、句に憑かれてゐる。
△かういふ生活をしてゐて、さびしくないといふのはウソだ、ウソはいひたくない、いふものではない。
笑ふものは笑へ。
おかしければ笑へ。
[#ここで字下げ終わり]
九月十日[#「九月十日」に二重傍線] 曇。
二百二十日、さすがに厄日らしく時々降つたり吹いたり、雷鳴があつたり、多少不穏な空気が動かないでもなかつたが、無事だつた。
番茶のうまさよ、酒もうまいが、茶にはまた茶独特のうまさがある。
茶の味は私にはまだほんたうに解らないけれど。
午後、街へ散歩
前へ
次へ
全35ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
種田 山頭火 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング