二日[#「八月廿二日」に二重傍線] 曇――晴。

蝉を捕へる小供らがしば/\来る、庵も平和ではない、私自身もとき/″\不安になる。……
ああ、待つ身はつらいなあ!
ちよつと学校に樹明君を訪ねる、昨夜また脱線したとかで浮かない顔をしてゐる、話したいことも話さないで帰る、畜舎で新聞を読ませて貰つた。
今日もすなほでつゝましく[#「今日もすなほでつゝましく」に傍点]。
午後、Kさん来庵、樹明君は来てくれさうにもない、やがて予期したやうに敬君来庵、久しぶりだつた、持参の酒と魚で愉快に飲みつゝ語りつゞけた、日の暮れないうちにめでたく解散。
夕暮はサビシイのでKさんを訪ねる、ビールをよばれて戻るとそのまゝ寝てしまつた。
今日の酒は愉快だつた、三人で一升、その半分位は私が飲んだらしい、ほろ/\とろ/\ぐう/\だつた。
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□よい友、よい酒、――よい人生。
□山口へ行くと、いつも『おもひでをあるく』といふ感がある、あの山この水、どこへ行つても青春の追憶がある。
[#ここで字下げ終わり]

 八月廿三日[#「八月廿三日」に二重傍線] 晴。

昨の[#「昨の」に「マヽ」の注記]酒が愉快だつたし、ぐつすりと安眠したので、今日は身心明朗だ。
此頃よくKやKの婚礼の夢を見る、親心とでもいふのであらうか、――肉縁断ち難し、断ち難きが故に断たざるべからず、――ああ。
身辺整理、やつと片付いた。
午後、樹明君来庵、誘はれて椹野川へ出かける、魚は捕らないで飲み歩いた、そしてどろ/\ぼろ/\になつてしまつた、……それでも理髪して、道具は持つて帰つて寝床にはいつてゐたから妙だ!
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温泉といふものは有難いものである、私は入浴好きだが、温泉にはいると、身心が一新されたやうに感じる。
湯田温泉を近くに持つてゐる私は幸福である。
バス代が往復で十四銭(上郷まで歩いて、回数券で)、湯銭が二回で五銭(割引券を買へば)。
何と安価な極楽浄土だらう。
[#ここで字下げ終わり]

 八月二十四日[#「八月二十四日」に二重傍線] 曇。

天も曇れば私も曇る。……
当分また禁酒の事、……駄目々々。
空が晴れた、私も晴れた、……風が涼しく、身も心も涼しく。……
たよりいろ/\ありがたし。
山口へ行く、鈴木さんを訪ねて御馳走になる、おいしかつた、小郡まで戻つて、友沢さんを訪ね、それからまた飲んで歩いた、御苦労々々々。

 八月廿五日[#「八月廿五日」に二重傍線] 晴。

昨日の今日の私で朗らかだ、愉快々々。
身心整理[#「身心整理」に傍点]!
秋蝉(?)が鳴く、法師蝉とは別な声。
アルコールなし、おとなしくしてゐた、句なし。
夕方、Kさん来訪、水瓜を持つて来て下さつた。
裏山の観音堂はお祭とかで、近隣の人々が集つて賑やかだ。
前の小父さんが草を刈つてくれた、一挙両得。

 八月廿六日[#「八月廿六日」に二重傍線] 曇――雨。

秋だ、風も雨も、私の身心もまた。
落ちついて読書。
午後ひよつこり黎君来訪、お土産として汽車辨当はうれしかつた、いつしよに街へ出かけて焼酎を買つて来た(蚊捕線香を買つて貰つた)、焼酎も悪くないな、心許した友達とチビリ/\やるには。――
夕方別れる、見送は許して貰ふ、汽車に間にあへばよいが、と案じてゐるところへ六時のサイレン、さつそく後を追うて駅まで行つたが見つからない、すぐ引返して寝た、よく睡れた。
[#ここから1字下げ]
今日も前の小父さんが草を刈つてくれたのは有難かつたが、咲きそめた萩まで刈つてくれたには閉口した、活けることをも遠慮して、毎日毎日咲くのを眺めてゐたのに、……これが有難迷惑といふのだらうか、刈りとられた萩の枝を見ては微苦笑するより外なかつた。
[#ここで字下げ終わり]

 八月廿七日[#「八月廿七日」に二重傍線] 曇。

夢の中で執着深い自分[#「執着深い自分」に傍点]を見出した。
山から木や草を戴いて活ける。
飲むか読むか、或は歩くか寝るか。……
idle dreamer は一匹の蝿にもみだされる。
厄日近い天候、雲の色も風の音も何となく穏かでないものがあつた。
早寝、ランプもともさないで、とりとめもない事を考へつゞけてゐると、Nさんが来訪された、しばらく漫談。
くつわ虫が水の流れるやうに鳴く、すぐそこまで来て鳴く、座敷の中へとびこんで鳴く。……
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或る自殺[#「或る自殺」に白三角傍点](連作)
[#ここで字下げ終わり]

 八月廿八日[#「八月廿八日」に二重傍線] 晴、とかく曇りがち。

露草のうつくしさを机上にうつす、何と可憐な花だらう。
うらさびしさ、ものかなしさ、そして退屈!
つれ/″\なるまゝに徒然草を読む。
早く夕飯を食べて、新開作のNさんを訪ねるつも
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