た、花火が見える、何となく人が恋しく過去がなつかしかつた。

 八月四日[#「八月四日」に二重傍線] 曇、後晴。

今日は涼しい、涼しすぎる。
家の中へ紛れ込んでゐる蝉を空へ放つてやつたら、蜘蛛の囲にひつかゝつてあえない最後を遂げた(その蝉を助けないのは私の宿命観だ)。
街のレコードがさかんに唄ふ、私は蚊帳の中でそれを聴いてゐる。
たよりさま/″\で、どれもありがたい、すぐかへしを書いて駅のポストへ入れる。
やつと書信だけはかたづいた。
蚊帳のうちで月見、私らしい贅沢。
[#ここから1字下げ]
好意を持たれることはうれしいが、持たれすぎることは恥づかしい。
買ひかぶられても見下げられても私は苦しい。
[#ここで字下げ終わり]

 八月五日[#「八月五日」に二重傍線] 曇――晴。

五時起床。
桔梗が咲きつゞける、山桔梗なら一段とよからう。
蜘蛛の仕事を観る。
熊蝉が鳴きだした。
夕立を観る。
雨はしめやかでよろしいけれど、雨の漏る音はわびしいものである。
焼酎二合二十四銭、揚豆腐二枚三銭。
街で樹明君に邂逅、同伴して帰庵、飲むうちに、そして歩くうちにムチヤクチヤになつてしまつた。
身心放下[#「身心放下」に傍点]ならよいが、身心蹂躙[#「身心蹂躙」に傍点]だからよろしくない。

 八月六日[#「八月六日」に二重傍線] 雨。

一切空、放心無※[#「罘」の「不」に代えて「圭」、第4水準2−84−77]礙の境地。
すべてそらごとひがごとの世の中、友情のみはまことしんじつなり。
酒をのぞいて私の肉体が存在しないやうに、矛盾[#「矛盾」に白三角傍点]を外にしては表現されない私の心であつた、ああ。
乱酔、自己忘失、路傍に倒れてゐる私を深夜の夕立がたゝきつぶした、私は一切を無くした、色即是空だつた。……
転身一路、たしかに私の身心は一部脱落した、へうへうたり山頭火[#「へうへうたり山頭火」に傍点]! ゆうゆうたり山頭火[#「ゆうゆうたり山頭火」に傍点]! 湛へたる水のしづかさだ!

 八月七日[#「八月七日」に二重傍線] 曇――雨。

おちついて澄む、身心かろくさわやか。

 八月八日[#「八月八日」に二重傍線] 晴れたり曇つたり、気まぐれ日和。

洗濯、何もかも洗へ。
Iさんの宅で樹明君もいつしよになつて飲む、今夜も歩きまはつたけれど、ほろ/\とろ/\気分で愉快だつた、めでた
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