が来なかつた、さびしいことの一つ。
悔恨――哀愁――頽廃――虚無――そして――?
アルコールのない日は、酔うてゐない私は――
沈欝たへがたくなる。
待つ、待つ、待つ、――先づ敬君、それから岔水君、おくれて樹明君。
よい月でありよい酒であつた、むろんよい友である。
駅までいつしよに出かける。
さよなら、さよなら、めでたし、めでたし。

 十月四日[#「十月四日」に二重傍線] 秋晴。

昨日の今日でよい日だ。
日が照る、百舌鳥が啼く、萩がこぼれる、ほどよい風が吹く、……其中一人にして幸福だ。
胡瓜を食べる、うまい/\。
わが心[#「わが心」に傍点]、水の如し[#「水の如し」に傍点]!
貧乏有閑、呵々大笑!
待つてゐた敬君が午後来訪、よい酒を飲んでバスまで見送る。
それから飲み歩いてぼろ/\どろ/\。
ぐつすり睡れた、アルコール様々だ。
留守にNさんが来て、御馳走になりました、と書き残してある。
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灯取虫よ。
お前の最後は気の毒だつた、追うても払うてもお前はランプにぶつかつて、とうたう焼かれてしまつた。
火を慕うて火で死ぬるのがお前の性だ、「汝の性のつたなきを泣け[#「汝の性のつたなきを泣け」に傍点]」といふより外ないではないか。
灯取虫よ。
お前はお前の性に随順して亡んだ。
成仏うたがひなし、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
[#ここで字下げ終わり]

 十月五日[#「十月五日」に二重傍線] 曇。

沈欝たへがたし、昨夜の今朝だからいたしかたなし。
その日のその日のその日[#「その日のその日のその日」に傍点]がやつてきた! やつてきた!
茫々漠々、空々寂々、死か狂か、死にそこないの、この心を誰が知る!
夕方、酒が持ち来された、ほどなく樹明君来訪、しんみり飲んで別れた、よかつたよかつた。
やすらかな眠をめぐまれた。
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(五日)
・かさりこそりと虫だつたか
[#ここで字下げ終わり]

 十月六日[#「十月六日」に二重傍線] 晴――曇。

朝寝、沈静。
自己を清算せよ[#「自己を清算せよ」に傍点]、過去を放下せよ[#「過去を放下せよ」に傍点]、――それが[#「それが」に傍点]、それのみが私の生きて行く道である[#「それのみが私の生きて行く道である」に傍点]。
緑平老からの手紙はなつかしかつた、うれしかつた。
ぼんやり縁に坐つてゐる、――
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