て関東震災記念日で酒なしデー。
自分を認識しないではゐられない日だ。
おとなしく、さびしく、やるせなく。――
まことにおだやかな厄日、ありがたいことである。
晴れてよい月夜になつた、踊大皷がはづむ、私は蚊帳の中で大平楽だつた。
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□ヱゴイスト人間。
   残忍なる、殺伐なる、狡猾なる、
□買ひかぶられることは苦しい恥かしい。
 見下げられることは安らかだ。
    [#ここから横組み]over−value[#ここで横組み終わり] よりも [#ここから横組み]under−value[#ここで横組み終わり] がよい。
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 九月二日[#「九月二日」に二重傍線] 曇――晴。

早起、短冊を書かうとしたが書けなかつた、書きたくなかつたからである、私は我儘だ、我儘一杯だ。
うたゝ寝の夢のはかなさ。
長生すれば恥多し、――今日もしみ/″\感じた。
蝉が鳴き叫ぶ、死期近い声だ。
爪を切る、髭を剃る、やくざ小説を読む、――すべてが退屈と空虚とをごまかす外の何物でもない。
待つともなく待つてゐる、何を待つてゐるのか、私にもはつきり解らない!
今夜もよい月だつた。
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□九官鳥[#「九官鳥」に傍点]になれ、くつわ虫になれ。
 そこに安住せよ。
□自己を磨く、芸を磨く。
 私の場合では、酒を味ひつつ句を作る[#「酒を味ひつつ句を作る」に傍点]ことである。
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 九月三日[#「九月三日」に二重傍線] 晴――曇。

昇る陽をまともに、寝たり起きたり。
やつと短冊を書きあげた、三十枚、一枚も書き損じなく、すぐ送る、ほつとした。
郵便局まで出かけたついでに、シヨウチユウ一杯、ほろ/\になつて帰る、途中少々あぶなかつた!
おとなしく、また一日一夜が過ぎた。

 九月四日[#「九月四日」に二重傍線] 晴。

あまりに早起だつた、なか/\夜が明けなかつた、年をとると、先がないので、ゆつくり睡れません!
いつからともなく空の虫が地の虫[#「空の虫が地の虫」に傍点]になつた、いひかへると、蝉や蜻蛉が少くなつて、こほろぎなどが鳴きしきるのである、こほろぎは最も大衆的歌手だ。
きたない、きたない、何もかもきたない、私自身の身心がことにきたない。
味気ないな、――何に対しても興味がない――、生活意力がなくなつたのだ。
六時
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