冷たい。

明方やつと眠りついたと思つたら、恋猫のために眼覚めさせられた、いがみあひつゝ愛し、愛しあひつゝいがむのが、彼等の此頃の仕事だ、どうすることもできない本能だ[#「どうすることもできない本能だ」に傍点]。
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   旧正月まへ
・こゝろたのしくてそこらで餅をつく音も
・更けてひとり焼く餅の音たててはふくれる
・みぞれする草屋根のしたしさは
 霜晴れの、むくむくと土をむぐらもち
 ふるつくふうふういつまでうたふ
   改作
 ほつと夕日のとゞくところで赤い草の実
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 二月朔日[#「二月朔日」に二重傍線] 晴。

もう二月になつた。……
ぶら/\歩いて、酒と魚とを買うて戻つた。
何となく腹工合が悪い、嫌な夢を見た。
今日は一句もなかつた、それでよろしい。

 二月二日[#「二月二日」に二重傍線] 曇、ばら/\雨。

緑平老からの手紙まことにありがたし。
梅の花ざかり、そこらを歩くとほのかに匂ふ、椿の花も咲きつゞけてうつくしい。
樹明君に招かれて、夕方から学校の宿直室へ出かける、酒と飯とをよばれる、すこし飲みすぎて心臓にこたえて苦しんだが、しばらくして快くなつた、とうとう泊つた、しかし一睡も出来なかつた、勝太郎の唄をラヂオを聴いた、いろ/\の雑誌を読みちらした。
睡れないなら睡れるまで睡らないでよろしい。
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 高声は山ゆきすがたの着ぶくれてゐる
 寒い朝の、小鳥が食べる実が赤い
 曲ると近道は墓場で冷たい風
・寒い裏から流れでる水のちりあくた
・南無地蔵尊冴えかへる星をいたゞきたまふ
・恋猫が、火の番が、それから夜あけの葉が鳴る
 雪でもふりさうな、山の鴉も寒さうな声で
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 二月三日[#「二月三日」に二重傍線] 曇、雪もよひ、寒い冷たい、時雨。

暗いうちに昨夜食べ残した御飯を食べて帰庵、すぐ炬燵をあたゝかくして読書。
まだ徹夜なら一夜二夜は平気だ、御飯も二三杯、餅なら五つ六つは何の事はない(酒は三合飲むと飲みすぎて苦しくなるが)。
私としては出来るだけの御馳走をこしらへて、来庵するといふ樹明君を待つ。……
今日読んだものの中に、渇魚、渇地獄、渇極楽といふ言葉があつた、味ふべき言葉だと思つた、地獄の底の極楽を泳ぐ魚[#「地獄の底の極楽を泳ぐ魚」に傍点](魚にあつては地獄であらう、人間に釣りあげられるから)。
樹明来、さつそく飲む、下物は焼小鯛、玉葱のぬた、黒[#「黒」に「マヽ」の注記]布の佃煮、いづれも庵独特の手料理。
急用ができて樹明君は早々帰つて行つた、奥さんがわざ/\迎へに来られたので何とも致し方がない。
夜、冬村君が約束通りに餅をたくさん持つてきてくれた、ありがたい、此頃の私は酒を貰ふよりも、銭を貰ふよりも、餅を貰ふことがうれしい、それほど私は餅好きになり、餅ばかりたべてゐるのである、近くまた樹明君も持つてきてくれるといふ、うれしいな!
※[#二重四角、277−14]飯の味[#「飯の味」に傍点]、酒の味[#「酒の味」に傍点]、水の味[#「水の味」に傍点]、そして餅の味[#「餅の味」に傍点]、つぎは茶の味[#「茶の味」に傍点]か。……
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・ひとりであたゝかく餅ばかり食べてゐる
・足音が来てそのまゝ去つてしまつた落葉
・今日のをはりのサイレンのリズムで
・けふも雪もよひの、こんなに餅をもらうてゐる
・星空冴えてくる寒行の大[#「大」に「マヽ」の注記]鼓うちだした
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 二月四日[#「二月四日」に二重傍線] 晴、時々曇。

旧のお正月、節分でもある、私はいつもお正月だ!
終日籠居、睡くなればうたゝ寝、覚めては読書。
独り者は独り言をいふ[#「独り者は独り言をいふ」に傍点]、これも表現本能のあらはれであらう。
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落葉ふんで豆腐やさんがきたので豆腐を(改作)
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 二月五日[#「二月五日」に二重傍線] 曇、霜、氷、雨。

朝は餅粥[#「餅粥」に傍点]、餅と米と大根とが渾然としてうまさ[#「うまさ」に傍点]そのものとなる。……
午前中はとても寒かつたが、午後はあたゝかい、むしろぬくすぎる雨となつた。
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・霜枯れの菜葉畑も春がうごいてゐる雨
・ここでもそこでも筵織る音のあたゝかい雨
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 二月六日[#「二月六日」に二重傍線] 晴、小雪ちらりほらり。

独を慎しむ[#「独を慎しむ」に傍点]――独を楽しむ[#「独を楽しむ」に傍点]――これが今日此頃の私の生活気分[#「生活気分」に傍点]である。
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・霽れそめて雫する葉のあたゝかな
・あすもよい日の星がまたゝく
・やうやく見つけた蕗のとう
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